たんなる異性の限界内の友情(後編)・2b
「にゃーん」
と、愛梨紗が鳴き真似をすると、その猫は同じように「にゃーん」と返事した。その白と黒のハチワレの雄猫は、丸々太って、顔もふてぶてしいくせに、声は高くてかわいい。
「私が触っても大丈夫かな」
ユズがおそるおそる手を伸ばすと、その猫はころんと転がって、白いお腹を見せた。ユズはきゃっきゃと喜んで、猫のお腹をわしわしと撫でまわした。撫でられている間も猫の顔はふてぶてしいおっさんのような貫禄を崩さない。愛梨紗とユズは幼稚園児のようにはしゃいでいる。
華は少し離れたところで転がったタイヤに腰かけ、園児たちの様子を目を細めて眺めていたのだが、心の中はしのぶと龍之介のことでいっぱいだった。これから先、私はどんな顔をしてしのぶさんと会えばいいんだろう、と考えると、心はずっしり重くなった。華は、まるでこの辺りに積み上げられているボロボロでサビだらけでぐちゃぐちゃにへこんでいる廃車になったような気分だった。
すると、キャンピングカーのドアが開いて、龍之介が姿を現した。赤いフライトジャケットを羽織り、颯爽と地面に降り立った彼の表情には、何か固い決意を感じさせるものがあった。
「桃井、君も一緒に来い」
「どこへですか?」
華は慌てて立ち上がり、ジーンズのお尻の泥を払った。
愛梨紗とユズも龍之介に気づいて振り返った。その二人の間から、ハチワレの雄猫がひょいと立ち上がって、続いて長く伸びをした。そして、一声、「にゃーん」と鳴いた。
「なんだ、千恵蔵、迎えに来てくれたのか?」
千恵蔵と呼ばれた雄猫は、もう一度「にゃん」と鳴いて、龍之介の足元へとことこと寄っていき、頭をこすりつけた。
「その猫ちゃんとお知り合いなんですか?」華が訊いた。
「しのぶの家の猫だよ。五年ぶりに会ったけど、相変わらず太ってるな」
龍之介は目を細めて、千恵蔵の頭を撫でた。「じゃあ、千恵蔵、俺たちを連れて行ってくれるかい?」
千恵蔵は両目をつぶって親しみのサインを出すと、お尻を向けて、しのぶの家の方向へ歩き始めた。龍之介はその後をついて行く。
華もその後を追いかけた。
「一緒に行くって、もしかしてしのぶさんのお家へですか?」
「そうとも」
「行って大丈夫なんですか?」
「行くしかないさ。せっかくいい隠れ場を見つけたけど、もう隠れる意味もない」
猫の後をついて行く龍之介と華の後ろから、愛梨紗とユズもついて来た。
「どこへ行くんですか? 龍之介さん」とユズ。
「お前たちもついて来い」
龍之介は振り返らずに言った。「ちゃんとしのぶの親父さんに挨拶するんだぞ」
イ‐6800が鎮座する、しのぶの家の玄関前に差し掛かったところで、龍之介は中にいる健太郎に通信を送った。
「ロジャー、今からちょっと外まで出てきてくれ」
しばらくすると、呆然とした顔の健太郎が玄関の戸を開けて出てきた。その背後にはしのぶの父の正人の姿も見えた。
「おい、龍之介、なんだよ急に」
健太郎は声をひそめて言った。そして、後ろにいる父・正人を前へと促す。「ほら、龍之介、言わなきゃいけないことがあるだろ」
白髪交じりで紺の着流しを着た宇津井健は、いろんな思いを胸に秘めたまま黙ってこちらを見ている。背筋はしゃんと伸びて堂々としており、あえて怒鳴ったりしなくとも、相手は恐縮せざるを得なくなるような、静かな迫力。
「お久しぶりです、親父さん」
「おう」
「実はしのぶのことで、今日はこちらへ伺いました」
「お前、しのぶをフッたんだって?」
「はい、すいません」
単刀直入な正人の問いに、龍之介ははっきりと答えた。
正人は、すぐ横にいる華に目を留めた。上から下へ品定めするように見られた華は、生きた心地がしない。正人は言った。
「この子が……、それか?」
「はい」
龍之介があまりにきっぱりと答えたので、華の顔は一瞬で真っ赤になった。もう前を向いていられない。思わず顔を後ろに向けたら、からかうようにこちらを見つめる愛梨紗とユズがいたので、後ろを見ることもできなくなった。
千恵蔵は一人でとことこと歩いていき、開いた玄関の戸の前で立ち止まった。そして、振り返って龍之介の顔を見つめた。
「しのぶは二階ですか?」と龍之介。
「おう」
「しのぶに会わせてください」
父・正人の顔に憤怒の気配が一瞬現れ、そして、すぐに消えた。いろんな考えが頭の中をよぎり、さまざまな感情にかき回された心のままに、正人は答えた。
「そうしてやってくれ」
「失礼します」
龍之介は正人の横をすり抜け、玄関の奥へ迷いなく踏み込んでいった。華も急いでその後を追った。




