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ガラパゴス・ガーディアンズ こちら航空宇宙消防本部第十七小隊  作者: 霧山純
第十四話「たんなる異性の限界内の友情(後編)」
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たんなる異性の限界内の友情(後編)・1b

 そしてイ‐6800(ろくせんはっぴゃく)は横浜の空にやって来た。健太郎にとっても、日本本土を見るのはかなり久しぶりだ。かつて栄えた埋め立て地は郷愁を誘う古い街並みを残していて、一方で内陸の再開発地区は建築技術の極限を競うかのようなスーパー高層ビル群が乱立している。


 健太郎は大きく旋回しながら、その景色を見て、感嘆のうめき声をあげた。

「こいつはすごいな」

 しのぶは困ったように言った。

「言っとくけど、うちは横浜でもそうとう田舎のほうだからね。頼むから、がっかりしないでね」

「田舎は田舎で味がありそうじゃないか」

「びっくりするくらい田舎なんだよ」


 しのぶが言う通り、陸地の奥へと進むうちに建物がまばらになり、緑の絨毯が一面を埋め尽くすような田園風景に変わっていった。

「昔は新興住宅地で賑わったらしいんだけど、全部さら地になっちゃってさ、今では全部田んぼだよ」

「これはこれで壮大な眺めだね」


 やがて、一本の滑走路が目の前に現れた。田んぼを左右に切り裂くように、まっすぐに灰色の道が伸びている。健太郎が管制に到着を伝えると、すぐに着陸許可が下りた。

「すごいな、しのぶ君、実家に滑走路があるなんて」

「逆だよ、滑走路に住まわせてもらってるの。借家よ借家」


 千堂家は代々、この飛行場に住み、航空宇宙関連の整備に携わっている家系だ。およそ長さ二・五キロの滑走路の端に、三百メートルほど距離を置いて、一軒の古風な民家が建っている。そこがしのぶの父が住む実家だった。

 滑走路の周囲には広い芝生が広がり、サビだらけの倉庫が建ち並び、パーツを取るために置かれている大量の退役した宇宙船や飛行機の墓場があり、そして壊れた自動車が山のように積み上がっている廃車置き場などがある。


 イ‐6800(ろくせんはっぴゃく)を実家のすぐ近くまで接近させると、車輪付きの梯子が自動的にそばまで寄ってきた。ここでは人が少ない代わりに、こういうロボットがあちこちで働いている。

「お、気が利くじゃないか」

 健太郎はしのぶを先に降ろしてから、もう何年振りかもわからないくらい懐かしい日本の土を踏みしめた。


「起きてるかなあ、親父」

 しのぶは声を弾ませて玄関まで走って行った。鍵は最初から掛かっていないのか、軽く手を当てるだけで玄関の引き戸がさっと開いた。「おーい、ただいまー」

 ただいまを何度か繰り返すうちに、奥から人影がよろよろと現れた。白髪混じりの髪を左右に撫でつけた痩せた男性が、紺の着流しを着て、下駄をつっかけている。第一印象は、すごく品の良い日本の色男といった風情だ。健太郎は、その姿を一目見るなり、大昔の俳優の宇津井(うつい)けんを思い出した。


「なんだ、しのぶ、おめえ、なんで帰ってきたんだ」

 その喋り方は宇津井健とは似ても似つかぬべらんめえ口調だった。父の名は千堂(せんどう)正人まさとという。

 しのぶは上機嫌で答えた。

「別にいいじゃん。休みがもらえたから帰ってきたんだよ」

「だからって、知らせも寄こさねえで、こんな朝っぱらから……」


 そこで、しのぶの父は健太郎の存在に気づいた。健太郎はどきりとして、慌てて直立不動になり、深く頭を下げた。

「あ、どうも、はじめまして」

 健太郎が頭を下げている間、父・正人は何も言わない。健太郎が頭を上げると、父は怪訝な顔でじっとこちらを睨んでいた。

「誰だ? おめえ」

「申し遅れました。僕は山田健太郎と言います。娘さんと同じ第十七小隊に所属する宇宙消防士です」

「あ、そう」

 父・正人はそっけなく返事すると、「おい、しのぶ」と娘を手招きした。


 しのぶが不思議そうに近寄ると、父は囁き声でこう言った。

「龍之介と一緒じゃないのか?」

 しのぶの顔にさっと陰りができ、たちまち笑顔が消えてなくなった。父は、しまった、と思ったが、もう遅い。

 しのぶは、突き放すようにこう答えた。

「別にいいじゃん、誰と帰ってこようとさ」


 急に態度が変わった娘に父がまごついていると、しのぶはさっさと玄関の中へ入っていった。そして、振り向きざまにこう言った。

「ねえ、親父、千恵蔵(ちえぞう)は?」

「知らねえな、そこらへんにいるだろ」

 それから、しのぶは健太郎にも言った。

「ごめん、ロジャーさん、私、急に眠くなってきちゃった」

「いいよ、遠慮なく、寝てらっしゃい」

 健太郎が手を振ると、しのぶも小さく手を振り返して奥へ消えていった。


 父・正人は、突然沈んだ娘の声を聞いて、ある程度のことは察しがついたようだ。

「おい、お前」

 と、健太郎の首筋に噛みつきそうな勢いで顔を近づけ、こう訊いた。「しのぶに何があったんだ?」

 後ずさりしながら、健太郎は答えた。

「はあ、実は……」

「実は、なんだ?」

「しのぶ君は、最近、失恋いたしまして。僕はその……、しのぶ君の傷心旅行のお供というわけなんです」

「ああ、やっぱりそうか……」


 父・正人は大きく息を吐いて、ゆっくり身体を離すと、きれいに分けた髪をさらに整え、深々と頭を下げた。「そいつはどうも、娘がいろいろご迷惑をかけたでしょうな。申し訳ない」

「いえいえ、とんでもありません」

「立ち話もなんですから、どうぞお上がりください」

 急にしょんぼりして小さくなってしまった父・正人の後ろを、健太郎はおそるおそるついて行った。


 父に喜んでもらおうと思って乗ってきた、イ‐6800(ろくせんはっぴゃく)型スペースプレーンは、そこに寂しく取り残された。

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