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ガラパゴス・ガーディアンズ こちら航空宇宙消防本部第十七小隊  作者: 霧山純
第十三話「たんなる異性の限界内の友情(前編)」
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たんなる異性の限界内の友情(前編)・4b

 健太郎はわざと鼻声で、語尾をつり上げるようにして機長の声真似をした。

「これより当機は横浜方面へ参ります。飛行時間は四時間を予定しております。横浜への到着予定時刻は現地時間でおよそ午前六時ごろになるでしょう。どうぞごゆっくり、快適な空の旅をお楽しみください」


 ぷっと、しのぶは吹き出した。

 手応えを感じた健太郎はさらに続ける。

「もうシートベルトを外してもいいよ。飲み物は後ろの座席にあるから、適当に取って飲んでくれ」

 しのぶは背もたれごしに、後ろのクーラーボックスから飲み物の瓶を二本取り出した。

「ずいぶん古風な……、これ、昔のコーラ?」

「雰囲気出るだろ」

 しのぶは健太郎にコーラを一本渡した。瓶の側面にロゴが浮き彫りになっており、わざわざ栓抜きがないと開かない王冠が被せてある。


「まさか本当に百年前のものじゃないだろうね?」

「雰囲気だよ雰囲気」

 健太郎は自分が持っている瓶を栓抜きでポンと開けて、それをしのぶに渡した。お返しに、しのぶも栓抜きを使ってみる。悪戦苦闘の末、なんとか蓋が開いた。

「わあっ、こぼれちゃった。早く飲んで飲んで」

 蓋が開いた瞬間のしのぶの素直な笑顔に、健太郎は秘かに感動した。


 どんなに海が青くてきれいだといっても、こんなに延々と見せられたのではさすがに飽きてくる。太平洋のど真ん中は海と空しかない。太陽はずっと後ろから追いかけてきて、窓を通して後頭部を照りつけてくる。さっきからずっと同じ角度から同じ場所をじりじり熱してくるのが、うっとおしくてたまらない。健太郎がそれに気づいて、窓に黒いフィルターを掛けた。


 しのぶの心にはまだ深いところに重いものがたくさん残っていて、油断すると気持ちを下のほうへ下のほうへ引きずり降ろそうとする。そんなものに負けるのは嫌だし、ましてや健太郎に自分のそんな姿を見せて、弱い奴だとかめんどくさい奴だとか思われるのは(しゃく)だ。だからなんとか元気でいようと思うのだが、そうするとむやみに頭が空回りして、その結果、眠くなるのだった。


「すごいあくびだな」

「ごめん、ロジャーさん」

「何か暇をつぶせるようなことでもするかい?」

「何する? しりとりでもする?」

「じゃあ、りんご」

 しのぶはくすくす笑った。

「うそうそ、何か話そうよ」


 しばし、気まずい沈黙。しのぶが先に降参した。

「ロジャーさんは、なんであだ名が『ロジャー』なの?」

「ほう……」

 健太郎は、なぜか目を丸くして、しのぶの顔を見つめた。彼はとても感動していた。

「どうしたの? なんか変なこと訊いちゃった?」

 たじたじするしのぶに、健太郎は感無量といった表情で言った。

「出会ってから、はや五年も経つけど、やっと俺に興味を持ってくれたんだなあ」

「はあ?」

「龍之介のことは何でも知っているけど、俺のことは何も知らないだろ?」


 確かに。しのぶは、そう言われてやっと気づいた。健太郎のことを何も知らない。彼だけじゃない。同じチームのはずなのに、コウジのことも源吾のことも守のことも何も知らない。なぜなら、龍之介にしか興味がなかったからだ。

「龍之介の妹の名は?」

 健太郎が訊くと、しのぶは即答した。

樹雨(きさめ)ちゃんでしょ」

「龍之介の父親の職業は?」

「植木職人」

「龍之介の出身地は?」

「東京でしょ」

「山田健太郎の出身県は?」

「さあ……」

 しのぶは首をひねって、気まずそうに頭を搔いた。

「わしの出身は広島じゃけえ、この機会に覚えてつかあさい」

「はい、わかりました」

 しのぶがぺこりと頭を下げると、健太郎は満足そうに笑った。


「ところで俺のあだ名の由来だけど、こいつは昔のアメリカの映画プロデューサーから来てるんだ」

「へえ」

「映画監督でもあるんだけどね。どっちかというとプロデューサーのほうが本職じゃないかな。ロジャー・コーマンっていうんだけど、知らないだろ?」

「ごめん、知らない」しのぶは苦笑した。

「ロジャー・コーマンはB級映画の帝王って言われてた人でさ、安い予算で低俗な映画をたくさん作って、大儲けしたんだ」

「なんだか癖が強そうな人だね」


「見た目はすごく穏やかなおじいちゃんみたいな人なんだけどね。とにかく派手で下品でわかりやすい映画を大量に作って、それをドライブイン・シアターで上映したんだよ。当時の若い人たちに大人気だったんだ。ドライブイン・シアターっていうのは、でっかい駐車場にスクリーンがあって、そこに車のまま入っていって、カーラジオから音を出して映画が観れる施設なんだよ。車のままで入れるから、デートにはもってこいだったわけ」

「いかにもアメリカ的だね」


「そうさ」

 健太郎は深くうなずいた。「それで、ロジャー・コーマンはたくさんの若い映画人を育てたんだよ。悪く言えば安い給料で都合よく利用したわけなんだけど、そのおかげで、くすぶっていた若い連中にたくさんのチャンスが与えられたんだ。彼の門下で、後に大物になった人たちが大勢いるんだよ。フランシス・フォード・コッポラ、マーティン・スコセッシ、ジェームズ・キャメロン、とかね。――そろそろ退屈してきた?」


 しのぶは首を横に振った。

「ううん、楽しそうに話してるロジャーさん見てると退屈しない」

 健太郎は、えへへと笑って話を続けた。

「それで、俺もそういう、若くて鬱屈しているような連中にチャンスを与えられるような、立派な指導者になれたらいいな、と思ってるんだ。それが俺の夢でさ。俺には映画を作る才能はないけど、幸いパイロットの腕には自信があるからね」

「なるほど、それであだ名がロジャー、と」

「そういうことです」


 しのぶは、いつしか健太郎の話に引き込まれていた。こういう、自分の芯をしっかり持った男を見ると、しのぶはすぐ興味を持ってしまうのだ。ただし、一つそういう対象を見つけると、他が見えなくなる癖もあった。

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