私、ずーっとずーっと前から……・3a
やっと視力が戻ってみると、船の前から後ろへ大量の光の帯が通過しているのがわかった。磁気シールドのおかげで衝撃も何も感じない。もちろん音も聞こえない。飛んでくる光は、すべて破壊された宇宙船の破片だった。不審な動きを見せていたアメリカのフリゲート艦は、味方の船によって撃墜されたのだ。
機械細胞と共存する道を拒否する勢力が乗艦していたのか、あるいはもっと大きくて組織的な指示なのかはわからないが、同じ艦隊の中で意志の相違があったことは明らかだった。
密集形態で飛んでいる艦隊すべてが磁気シールドを展開しているので、吹き飛ばされた宇宙船の破片は反発力によって不規則で予測不可能な軌道を取った。光の帯は渦を巻きながら永久に飛び続けるようにも思えた。
プロメテウス号は無事で、アルファ・チームの乗る旧式の消防宇宙船と、小山隊長の乗る司令船も無事だった。少なくとも無事のように見える。磁気シールドを解除できないので通信ができず、詳しい状態を知ることができない。レーダーも使えないので、すべて目視だ。
「愛梨紗、龍之介さんたちを見失わないようにね」
「ちゃーんと見えとーけん、心配せんでよかよ」と愛梨紗は余裕だ。
まるでホタルの大群の中に突っ込んだかのような景色だ。ぐるぐると飛び回る大量の光の粒が、尾を引いて視界を遮っている。これらがすべて、元は一隻の軍艦だったと思うと、ここまで粉々にしてしまう兵器の破壊力に畏怖を覚える。しかも、味方の手によってそれがなされたのだ。これから先、同じような対立が、共存派と排除派の間で繰り返されるのだろうか。華はそれを考えると気持ちが重くなった。
やがてフリゲート艦隊が大きく散開したので、地球全体が見えるようになった。まだ破片は大量に飛んでいるが、その向こうにプロメテウス号が飛んでいるのがはっきりわかった。地球を背景にして、黒くて長い船体が鮮やかに浮かび上がっている。その横を二隻の赤い消防宇宙船が編隊を組んでいるのもわかる。
龍之介たちの乗る旧式の消防宇宙船の船尾から、オレンジ色の光が点滅しているのが見えた。
「モールス信号だ」と、しのぶがつぶやくと、ユズがすぐにそれを読み取った。
「ブラボー・チームへ、こちらアルファ・チーム、損傷の程度を報告せよ、だって」
「損傷はありません、と答えて」と華。
「あいよ」
ユズが手元のボタンを操作して、こちらからもオレンジ色の光を前に送った。
すぐに返事が返ってきた。
「磁気シールドを維持して、そのままついて来い、だって」
「了解、と答えて」と華。
アメリカ宇宙軍と日本の航空宇宙自衛隊は、プロメテウス号から大きく距離を開けて追尾を続けている。さっきのような攻撃をまた受けるかもしれないので、護衛を解くわけにはいかない。
静かに地球は近づいてくる。プロメテウス号のさしあたっての目標は、ガラパゴスの三万六千キロメートル上空にある宇宙都市クロノ・シティだ。そこには大量の機械細胞が従順なミカエルの形で使用されているので、まずはそれらの癌化の進行を食い止めなければならない。さもなくばクロノ・シティは崩壊するだろう。
クロノ・シティは宇宙のシャンデリアのように華やかな光を四方に放っている。時計の歯車のようにたくさんの構造物が複雑に組み合わさっていて、それらがすべて重力発生装置の力で回転している。そのムーブメントの心臓部こそが機械細胞の住処だった。それがおびただしい数存在するのだ。
クロノ・シティの中心から、宇宙エレベーターの続きの部分がさらに宇宙に向かって伸びている。宇宙エレベーターの全長はおよそ十万キロメートルもあり、クロノ・シティはその三分の一辺り、ちょうど地球の自転とつり合う静止軌道上にある。
龍之介たちの船からオレンジ色の光が発信された。
「磁気シールドを解除しろ、だって」とユズ。
華がしのぶに合図すると、船の磁気シールドが消えた。一気に通信が回復し、すべてのコンピューターが再起動した。また船の中が様々な色の光で溢れた。
そのとき、奇妙な音が流れてきた。それはネビュラを通して、華たちの頭に直接流れ込んでくる。それはとても古い、昔のクラシック音楽だった。
「これは『美しく青きドナウ』だよ」
と、アルファ・チームのパイロットのロジャーこと健太郎が声を送ってきた。「パンドラが選んで流しているらしい。昔の映画で使われた曲さ。ちょうど百年前に公開された映画で、『2001年宇宙の旅』ってやつなんだけど、君たちは知ってるかな。あいつもなかなかセンスがあるじゃないか。たしかあの映画では、人工知能が人間に反乱を起こしたんだったかな」
穏やかで優雅な音楽に乗って、プロメテウス号はクロノ・シティの港に接舷した。




