私、ずーっとずーっと前から……・1b
桃井華のネビュラに、パンドラに対する二つの選択肢が映し出された。右に「共存」とあり、左に「排除」とある。そして、選択肢の下には残り時間のカウントダウンが表示されている。あと九分五十二秒、九分五十一秒、九分五十秒、九分四十九秒……、人類の未来を決めるには、それはあまりにも短い。
第十七小隊のメンバーは全員、治療室に集まった。要救助者を探しに行っていたしのぶと愛梨紗も戻ってきた。華たちブラボー・チームは床に座って輪を作り、アルファ・チームの男たちはその周りで立っている。
プロメテウス号の八人の乗組員はベッドに固定されて点滴を受けている。そのうち三人は挿管されて人工呼吸を受けているが、今はもう意識がはっきりしていて、パンドラの未来について考えに沈んでいる。彼らはこの船がどのような経緯で地球に向かうに至ったかの説明をさっきようやく聞いたばかりだった。それに加えて、急に重要な選択を迫られたので、頭の中を整理するのに相当な苦労を強いられているようだ。
ガーンズバック船長と、最初に救出された森田和夫は、プロメテウス号のコントロール室で船の行く末を見守っている。
あと二人の乗組員がまだ救助できていない。そのことが龍之介には気がかりでならなかった。
「彼らにも投票する機会が与えられるべきなんだがな……」
そう呟く龍之介に、「気の毒にな」と、コウジが同調した。「目覚めたら、知らないうちに人類の運命が決まっているんだぜ」
ユズが顔を上げて、すぐ後ろに立っていた守に話しかけた。
「ねえ、守さん」
「なんだい?」
「遠い宇宙にいる人たちは投票できるのかな? 火星への通信だと往復で四十分はかかるんだよね。もっと遠い星だとどうなるんだろう?」
守はさっと頭の中で計算を巡らせて答えた。
「今のところ人類最遠到達地点は土星のタイタンだから、往復で二時間半はかかる感じかな」
「その人たちは投票できるのかな? あと八分ちょいしかないのに」
「前もって早めに知らせているんじゃないかな……、わかんないけど」
「おい」
と、コウジが割り込んだ。「人のことはいいから、自分のことを考えろ。貴重な時間を無駄にするな」
「お兄ちゃんだって話してたじゃない」
ユズはぷっと頬を膨らませた。
源吾が誰へともなくこんなことを言った。
「これでどっちに決まったとしても、お互い恨みっこなしにしなくちゃいけないな。全員に選択する機会が与えられたんだから、それで決まったことは受け入れなきゃいかんだろう」
健太郎が言った。
「なんだか強引に決めさせられてる感じもするけどな。機械細胞を完全に排除するんじゃなくて、今は一旦凍結しておいて、後で決めることにしてもいいじゃないか」
「それだと多分、世界中でいろんな奴が勝手に作り始めて、収拾がつかなくなることを心配しているんだと思うぞ」
と、源吾は言った。「核兵器と似たようなものだろう」
残り六分四十二秒、六分四十一秒、六分四十秒……
龍之介はメンバー全員を見回して、リーダーらしく、こう告げた。
「お互い、どっちに投票したかは墓場まで持っていくことにしようや。それで考え方の相違から溝が生まれるのは、チームとして良くない。俺がどっちに票を入れるかは、みんなには絶対に言わない。みんなも誰にも言うな。家族や友達にも黙っているんだ。どこから伝わるかわからないからな。そういうことで、いいかい?」
「うん」「ああ」「はい」とそれぞれの言い方でみんなは同意した。
残り四分二十秒、四分十九秒、四分十八秒……
そこに、突然ガーンズバック船長からの通信が入った。
「悪いけど邪魔するよ。良い知らせを一つだけお届けさせてくれ。残り二名の乗組員は、さっきパンドラが生きて返してくれた。国連事務総長のありがたいお話もちゃんと聞いて、二人とも今、どっちに投票するか考えてる。だから、こっちのことは心配しなくて結構。邪魔したね、以上だ」
龍之介は微笑み、深い安堵のため息をついた。メンバー全員が一瞬だけお互いの顔を見合って、それからすぐに自分の考えに沈んだ。
沈黙。
残り二分三十三秒、二分三十二秒、二分三十一秒……
華はどちらに投票するか、最初からわかっていたような気がした。機械細胞と共存するか、あるいは排除するか、自分ならどうするかと考えるなら、それはやっぱり、共存すべきだと思った。どうせ人間は、一度手に入れた力を捨て去ることはできないのだから、機械細胞をどんなに厳しく規制したとしても、手を変え品を変え、いろんな形で世の中を騒がすことになるはずだ。そうなるくらいなら、最初からしっかり向き合ったほうがいい。自分が産んだ子は自分で育てる覚悟が必要だ。
それになにより、機械細胞と共に暮らす未来がどんなものになるのか、想像するとワクワクしてしまうのだ。パンドラと同じく、華もまた、自分の好奇心には逆らえなかった。そのほうが未来はもっと面白いものになるかもしれないではないか。
ただ、もし、そっちを選んだとして、その責任をちゃんと果たせるかどうかはわからないが……
残り一分、五十九秒、五十八秒……
カウントダウンの文字が赤くなった。
第十七小隊のメンバー全員が、すでに投票を終えていた。




