プロメテウスの火・4a
「華ちゃん、挿管できる?」
「うん」
妙子に器官チューブを差し出された華は、覚悟を決めてうなずいた。本番は初めてだが、挿管の技能実習は全課程履修済みだ。
器官チューブの先端にはカメラが備えられていて、それをネビュラに直結できる。電波妨害のせいでオフラインなので、妙子のネビュラから医療情報を送ってもらって、それを参考にした。
華は訓練を思い出し、確実に器官を捉え、チューブを一気に挿入した。要救助者の頭にバンドを巻いて、チューブが抜けないように固定する。
七人目の要救助者は、顔が青白く、挿管してもなお呼吸が苦しそうだ。
「血液ガス分析の結果はどうだい?」
救命医の夏木コウジがやって来て、妙子に尋ねた。妙子は注射器で血液を採って、医療バッグの分析器にそれを掛けたところだった。
「何種類かの有害物質が微量に含まれているみたいです。鉛、六価クロム、ジビニルベンゼン、ジクロロジフルオロメタン、モノメチルヒドラジン……ごくごく微量ではあるんですけど」
「それぞれのデータから治療薬のカクテルを作ってみよう」
夏木コウジは自分の医療バッグを広げて、カクテルの設定をネビュラから送った。薬の完成までしばらく時間がかかりそうだ。むやみに調合しても副作用でかえって有害になる恐れがあるので、たくさんの組み合わせを試して、もっとも害がない薬を選び出すのだ。この患者のように複数の化学物質で侵されている場合はなお難しい。
プロメテウス号の乗組員たちは治療室のベッドに寝かされた。ここは新しいほうの消防宇宙船なので、設備はすべて新品で清潔だ。この部屋には清浄な空気が満たされている。乗組員たちのヘルメットと与圧服を脱がせ、楽な格好にする。パンドラによって解放された六人と、新たに運び込まれた七人目の要救助者は、ここで並んで治療を受けている。比較的症状が軽い者から、かなり重篤な者まで容態にはかなりの開きがあった。
「パンドラの仕業で、身体がバラバラに分解されて船の内容物と混ざり合っている間に、生きた細胞に有害な物質が入り込んだんだ」
と、コウジが簡単に説明した。「遺伝子レベルで混ざっていないことだけが、不幸中の幸いだね」
華と妙子とユズは、ここでコウジの助手として治療を手伝った。しのぶと愛梨紗は、龍之介たちと一緒に次の要救助者を迎えに行っている。
そこに通信士の犬養守が、ヘルメットをかぶったままで入ってきた。彼はユズの姿を見つけると、まるで救いの女神が現れたような顔をした。
「待ってたんだ、よく来たね、ユズちゃん」
「えへへ、偉いでしょ、私たち」
と、守とユズが再会を喜んでいるところに、コウジが駆け寄ってきた。
「おい、こら守、あまり妹に近づくな」
「嘘だろ、こんな状況で」と守は驚いている。
「お兄ちゃん、これは任務だよ」
ユズは兄の身体を押し返した。「守さん、私のデータが欲しいんでしょ」
「そうなんだ。最初にプロメテウス号に入って捜索を始めたばかりの段階のデータが欲しい。それで患者がどの部屋でどの物質と混ざり合っていたかがわかるんだ。さっきは途中で接続が切れて、欲しい情報が得られなかったんだよ」
守はコウジに向き直り、「治療に必要なデータなんだぞ」と強く言った。
「それはわかったから、さっさとデータをもらってここを出ていけ。汚い格好で空気を汚すんじゃない」
「ええ、ええ、わかりましたよ」
守はユズと額をすり合わせるようにしてデータを受け取ると、満足そうに手を振って出ていった。
守が出ていった後で、コウジがそれを追いかけて、治療に必要なデータをひったくるように受け取ってから戻ってきた。
「いちいちそんな喧嘩腰にならなくていいじゃない」
ユズが不満を漏らす。
「お前がいちいちみんなに良い顔するから、勘違いする奴がでてくるんだぞ」
「勘違いじゃないもん」
「そういう態度が誤解を招くんだ。――ところで、お前たち、腹は減ってないか? 飯があるぞ」
コウジがみんなの顔を見たので、華は申し訳なさそうに答えた。
「ごめんなさい、ここに来る途中で私たち済ませちゃった」
「おにぎり食べちゃった」とユズ。
コウジはむしろホッとしたような表情になった。
「それならいいんだ」
「ごめんなさい、私たちばっかり」と華。
「別に謝らなくてもいいよ。いいかい、宇宙消防士は食えるときに食っておくことも大事な仕事なんだ。自分で食うタイミングを見つけないと、いつまでも飯にありつけないことがあるからね。それで腹を空かせて仕事にならないんじゃ話にならない。食えるとき食っておくことは、むしろ良いことなんだ」
そこに八人目の要救助者が、龍之介と菊池源吾に連れられて入ってきた。今度は具合がそこまで悪くはなさそうで、自分で歩けている。それを見て、コウジは「よし」とうなずいた。
「龍之介、俺たちは飯にしよう。これから十分間はブラボー・チームに任せようぜ。彼女たちはもう飯を済ませたらしいから」
「そうか、そうしよう」
龍之介はヘルメットを脱いで、額の汗を袖で拭った。その顔を、華は吸い込まれるように見つめてしまった。




