プロメテウスの火・1b
宇宙に向けて離発着するための第七滑走路は大混雑で、どれが華たちの乗るスペースプレーンだかわからない。天を突く巨大な機体がひしめき合い、宇宙消防士や、地上勤務の消防士、それにどこの所属だかわからない背広を着た人たちがたくさんいて、列をなして搭乗を待っている。
こういうときに頼りになるのはネビュラのはずなのだが、なんと航空宇宙消防本部のサイトがシステムダウンしている。
「単にアクセスが多すぎるのか、それとも誰かが妨害しているのか、どっちなのかな」
と、ユズはいろんなルートで接続を試みるが、どうにもならない。
そこに、航空宇宙整備士の群青色のツナギを着た男性が息を切らせてやって来た。華たちを見て、明らかに「やっと見つけた」という顔をしている。しかし、人ごみに邪魔されて近づけず、向こうから手を振って叫んでいる。
「君たちが十七小隊のBチームかい?」
「はい! そうです!」
華は手を振って答えた。
整備士は大きく手を上げて、大勢の頭越しに、華たちから見て左を指さした。
「君たちの船はあっちにあるから、僕についておいで!」
彼を追いかけて、華たち五人は駆け足で向かった。やがて人の気配がなくなり、時代から取り残されたような旧式の施設が立ち並ぶ一角に入ってきた。いつもはここで働いている人たちがみんなスクランブルで出払ってしまったので、とても静かで、自分たちの足音だけが反響している。
整備士と一緒に、何十年も前に建てられたらしき格納庫に辿り着いた。華は嫌な予感がしたが、しのぶはなぜか目を輝かせている。
「急な話だったので、これしか用意できなかったんだ」
見れば小さな小さな飛行機があった。まるでツルのように華奢で、機首は尖って斜め下を向き、細長い翼を持っている。
「初代の訓練機ですね」
しのぶは飛びつくように駆けていくと、その銀色の機体を撫でまわした。
「イ‐6800型スペースプレーンだよ」と整備士。
「こんなので宇宙まで行けるの?」
と、呆けたような顔をしている華に、しのぶは声を弾ませて説明した。
「もちろんさ。本当は博物館に置かれなきゃいけないような貴重な機体だよ。三十年前に作られて、もうほとんど数が残っていないんだ」
それから整備士に向かって、「すごいなあ、手入れが行き届いていますね」
「大事に使ってくれよ」
と、整備士はみんなに与圧服を配りながら言った。
五人が乗り込むと、肩をくっつけ合うほどに狭かった。一番前の席に愛梨紗と妙子、二番目に華としのぶ、そして三番目にユズが座った。内部は独特な匂いがした。消毒薬のような、防虫剤のような、まさに博物館で嗅ぐような匂いだ。
「愛梨紗、動かせそう?」
華が心配そうに訊いた。愛梨紗はあちこちのレバーやスイッチを一通り触ってみた。現代の宇宙船は細かい操作のほとんどが非接触パネルとネビュラだが、この訓練機はすべてがアナログだ。
「ロシアで乗りよったやつと似とるっちゃん。全然心配なかよ」
愛梨紗は飛行機のことより、別のことが気がかりでしょうがなさそうだ。さっきからずっとソワソワしている。「それより、あれはちゃんと持ってきとると?」
ユズが後ろから手を振って叫んだ。
「おにぎりなら私が持ってるよ」
それを聞いた愛梨紗は、やっと心配が晴れたのか、にかっと笑って、「なら、よか」と言った。
隣りでそのやり取りを眺めていた妙子は、終始目を細めて微笑んでいた。
整備士は一人で先を歩き、訓練機を誘導した。車輪の回るゴトゴトという振動が機体を揺らすと、細長い翼が上下に大きくたわんだ。頼りないことこの上ないが、この柔軟性が大事なんだとしのぶが力説した。
たくさんのスペースプレーンが滑走路の前で離陸を待っている中、華たちの乗る訓練機への管制の指示は、「最優先での離陸を許可する」というものだった。さすがは消防本部長の権力が効いている、と華は感動を覚えた。
あのちっぽけな飛行機はなんだ、と群衆はざわめいた。本当の情報を誰も知らされず、憶測とデマが錯綜している中で、博物館から持ち出されたような旧式の機体が滑走路へと滑り込んでいく。
華たちはヘルメットをかぶった。それを見届けてから、愛梨紗はスロットルを全開にした。いつもながら大胆な加速だ。速すぎて、いつの間に車輪が地上を離れたのかすらわからない。骨董品のイ‐6800はバラバラになりそうなほど振動して、一気に音速の壁を越えた。その衝撃波がガラパゴス中に響き渡った。




