パンドラ・4b
今度はスクリーンに映っていたシェリー・デスティニーと小山隊長の輪郭が歪み、色が失われ、砂状のノイズに変わってしまった。途切れ途切れの意味不明な声が、小さくなって消えていく。ついにはスクリーンそのものが空中でかき消えてしまった。
「アメリカ宇宙軍の電磁兵器による電波妨害か。しまったな、彼らをもっと早く退避させるべきだった……」
大島消防本部長は、なんとか呼吸を整え、考えをまとめようとしている。「どうする、どうする、どうする……」
華は、寝椅子からまだ起き上がれないまま、すぐそばにいた前田教官の腕をつかまえて、ぐいっと引き寄せた。
「教官、龍之介さんたちはどうなってしまうんですか?」
教官は、華の手にそっと手を添えて、努めて冷静に言った。
「プロメテウス号の周辺に電波を通さないバリアが作られてしまったんだ。それがアバターとの接続を切った。十七小隊のみんなはそのバリアの内側にいるが、大丈夫さ、奴らはベテランだ。これまで何度もピンチを乗り越えてきた連中だ」
根拠はないが確信を持って、教官は華の手の甲をポンポンと叩いた。そして、ひときわ力強く、「大丈夫だ」と言った。
しかし、華の胸の奥には不安が渦巻いて、いてもたってもいられなかった。
「私たちにも、何かできないでしょうか?」
「お前たちは地上で何か起きたときに、すぐに現場に出られるように準備しておくんだ。助けが必要な人が大勢出てくるかもしれないからな」
「わかりました、でも……」
華はうつむいた。
「いいか、十七小隊のことは心配するな。奴らに任せろ。お前たちは自分たちができることをするんだ」
前田教官は手を放すと、これから自分たちが何をすべきかを決めるために、消防本部長との話し合いへ向かった。
スタッフたちは忙しく立ち働き、誰も華たちに注意を向ける者はいない。
華たち五人はお互い助け合って寝椅子から降りると、顔を寄せ合い、周りの騒がしさに紛れるように、小声で言葉を交わした。
「華ちゃん、どうする?」と妙子。
華にはもう迷いはないが、そのことを口に出すことをためらっている。ただ妙子の目を強く見つめて、何度かうなずきを返した。逆に華が「妙ちゃんは?」と訊くと、妙子ははっきりと首を縦に振り、「うん」と答えた。
しのぶが愛梨紗に「愛梨紗は?」と訊くと、愛梨紗も同じように黙って何度もうなずいた。逆に愛梨紗のほうから「しのぶは?」と訊くと、しのぶは「あたしだって、もちろん」と答えた。
ユズがちらちらとみんなの顔を見まわして、何か言いたそうにちょっとニヤついている。
華は一応確認するように、「ユズは?」と尋ねた。すると、ユズはいっそうニヤニヤして、ついには歯をむき出して笑顔になった。
なんだかみんなもおかしくなって笑ってしまった。
華はいったん表情を引き締めると、第十七小隊ブラボー・チームの代表として、自分たちの意志を伝えるために、大島消防本部長の元へ近づいた。それを四人は後ろから見守った。
消防本部長は前田教官やスタッフたちと何か小声で話し合っていたが、華に背中を指先でとんとんと叩かれて、驚いたように振り返った。
「なんだね?」君は誰だとさえ言いかねない、噛みつきそうな表情だ。
華は、はっきりと聞き間違いようがないほどの大声で、こう言った。
「消防本部長、私たち、決めました」
「何をだ?」
「プロメテウス号に残っている乗組員全員を救助するため、これから第十七小隊アルファ・チームの応援に向かいます」
消防本部長は驚いた顔で、
「君たちはまだ訓練生ではないか」と言った。
そこに、前田教官が間に入って、大声で怒鳴った。
「この馬鹿者が!」
華は、教官の剣幕に一瞬ひるんだが、負けずに言い返した。
「馬鹿じゃありません。私たちが一番、あの船の構造に詳しいんですから」
消防本部長は落ち着いて尋ねた。
「遭難船のことなら君のチームの通信士が彼らと情報を共有しているはずだろう?」
華の代わりに、ユズが明るい声を張り上げた。
「電波妨害されているのに、どうやって共有するんですか? 消防本部長」
「ああ、そうだったか」
一本取られて、消防本部長は自分の頭を叩いた。しかし、すぐに気を取り直して、がんばって冷静さと威厳を取り戻した。さすがは現役の宇宙消防士といったところだ。何か言いたそうにしている前田教官を制して、消防本部長は言った。
「現場は極めて混乱している。ただ指示を待っていてもまともな働きはできんだろう。君たちのような自主性はむしろ頼もしい。いざとなれば我々宇宙消防士は現場において自分自身で判断して行動しなければならないことが多々ある。それによって混乱を一層増すか、あるいは収めるかは、これまでの訓練がどう身についているかで決まる」
華はぱっと明るい表情になった。
「それでは、出場命令をいただけますか?」
消防本部長はすぐには返事できず、一度下を向いて苦しそうに唸ったが、とうとう観念したように顔を上げた。
「いいだろう、行ってこい」
「はい!」
華は大きく返事すると、仲間たちを振り返って手を振って、叫んだ。「みんな、行くよ!」
四人は歓声を上げた。
「スペースプレーンを手配しておく」
と、消防本部長は華の背中に向かって言った。「腕のいいパイロットは必要か?」
華は、愛梨紗を後ろから抱きかかえるようにして一緒に振り返った。
「大丈夫です! この子がいますから!」
消防本部長もつられて笑顔になった。




