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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第十話「パンドラ」
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パンドラ・4a

 スクリーンに映ったシェリー・デスティニーは、ここまで話をすると、一旦言葉を切り、深く息を吐いた。ほんの少し視線をさ迷わせ、横にいる小山(こやま)三郎さぶろう隊長と何か目配せし合って、ようやく口を開いた。


「みなさんは、これだけ大きな組織がいくつも動いているのだから、きっと対策が用意されているに違いないとお思いになるでしょう。ところが、大きな組織だからこそ、本当に大変な問題は誰からも手を打たれないまま、すり抜けることがあるのです」

 シェリーは水色の瞳をまっすぐに前に向けると、迷いを振り切るように言った。「私が、太陽に向けて廃棄されたパンドラを呼び戻しました。誰かがそうするしかなかったのです」


 アバター訓練室の人々はざわめいた。前田(まえだ)六郎ろくろう教官と大島(おおしま)守克もりかつ消防本部長は顔を見合わせた。教官が問い詰めるように消防本部長を見つめると、本部長は首を小さく横に振ってから、スクリーンに向かってこう問いかけた。

「その、癌化した機械細胞(マシン・セル)は、今どうなっているんでしょうか?」


 シェリーは答えた。

「今もそのままです」

 わっとどよめきが起き、それを本部長が静まらせるのを待ってから、シェリーは話を続けた。

「ソラリ・スペースライン・グループが所有するスペースコロニー、アメリカとイギリスが軌道上で運用している宇宙兵器、そして、ガラパゴスのクロノ・シティで、癌化した機械細胞(マシン・セル)で作られた重力発生装置(ムーブメント)は動き続けています。一時はリコールも検討されたのですが、癌化した機械細胞(マシン・セル)は他の部品にまで深く浸潤していて、取り外すことができないことがわかりました」


 本部長は訊いた。

「このまま放っておくとどうなるんですか?」

「細胞は大きく広がって、不死の、別の生き物になっていきます。重力発生装置(ムーブメント)がやがて停止することはもちろんですが、癌化した機械細胞(マシン・セル)は自分でエネルギーを作り出せないので、外に向かって食べ物を求めるようになります。それを阻止するには、生き別れのパンドラともう一度融合させ、一つの(ザット)として生成をやり直す必要があるのです」


 本部長は訊いた。

「なぜ政府はそれをさせないんでしょうか? なぜパンドラが地球へ向かうことを止めようとしているんでしょう?」

 シェリーは首を横に振った。

「わかりません。二つの意見が対立しているという話は聞きました。パンドラや機械細胞(マシン・セル)の存在が公になることを恐れる人たちと、何より破局を防ごうと考える人たちの双方の意見がいつまでもまとまらないので、ついにパンドラを拒否する人たちが軍を動かしたのではないかと思います」


 本部長は訊いた。

「あなたはどうお考えですか? パンドラは我々とうまくやっていけるのでしょうか?」

 シェリーは迷いなく答えた。

「うまくやっていくしかないと思います。様々な意見はあると思いますが……」


 そのやり取りを渦中のプロメテウス号のコントロール室でじっと聞いていた桃井(ももい)はなは、ネビュラを通して三国(みくに)龍之介りゅうのすけに話しかけた。華はなんだか奮い立つような気分だった。これでこそ宇宙消防士冥利に尽きる、やりがいのある任務ではないか。


「龍之介さん、私たちはどうしますか?」

 龍之介はすかさず答えた。

「なんだか面倒なことに巻き込んでしまって、すまないね」

「いいんですよ、龍之介さん。私たちに任せてください」

 そう言って華は、横にいる仲間たちの顔を一通り見渡した。「妙ちゃん、しのぶさん、ユズ、それから愛梨紗も、ね?」

 妙子は素直にうなずき、しのぶは苦笑し、ユズは力強く胸を叩き、愛梨紗は「まかせんしゃい」と答えた。


 龍之介は言った。

「それじゃあ、桃井、さっそくだがガーンズバック船長に尋ねてくれ。あと十人いるはずの乗組員はどうやったら助け出せるんだ? とりあえず彼らを遭難船から外へ出して、なるべく遠くまで移動させなけりゃならない。もうすぐプロメテウス号は軍の攻撃目標になるからだ」

「わかりました!」

 華は元気に答えて、横でソファに座っているガーンズバック船長のほうを振り返った。


 そのときだった。突然、華の目の前が真っ暗になって、意識が途切れた。


 ずいぶん長いこと気を失っていたような気がしたが、実際はほんの数秒のことだった。華はすっかり忘れていた。本当の自分の肉体は宇宙船の中ではなく、地球のガラパゴス日本区にいて、機械のアバターに意識を移していただけなのだ。

 華の意識が地球に舞い戻ってきたことを、アバター訓練室のスタッフや教官たちはまだ気づいていないようだ。彼らはスクリーンやお互い同士で喧々諤々意見を言い合っていて、こちらにはまったく目もくれない。


 関節がすっかり固まっていて、少し動くだけで激痛に悲鳴を上げそうだった。それでもなんとかがんばって首を回すと、他のみんなも地上に戻ってきていた。五人ともが黒いボディスーツに身を包んで、久しぶりの身体の重さに顔をしかめている。


 ちっちゃい愛梨紗が、華のすぐとなりの寝椅子に横たわっている。華はそちらに身体をねじるようにして向けながら、かすれた声を出した。

「なんで戻ってきちゃったんだろう?」

 華と愛梨紗はどちらからともなく、そう言った。


 頭がだんだんはっきりしてくるにつれて、華は事態が呑み込めてきた。そして、いろんな記憶が頭を駆け巡って、思わず叫んだ。

「龍之介さん! 宇宙船のみんなも! 早く戻って、助けなきゃ!」

 その声で、アバター訓練室の面々は華たちが帰ってきていることにようやく気づき、一斉に振り向いた。

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