パンドラ・2b
荒れ果てた地下室にいても気が滅入るばかりなので、二人の博士と七人の研究員たちは気晴らしにドライブに出かけた。その日は朝からぴたりと風がやんでいた。
現在位置がどこなのかわかっているのは、濃い髭を蓄えた無口な運転手だけだ。ジョン・グイドとは、彼がグラス・リングのニュースを伝えに来て以来、会っていない。
辺り一面、真っ白な氷床が広がっているばかりだ。ときどき氷の裂け目がこすれ合う、地響きか呻き声のような音が響いてくる。運転手は一帯のクレバスを熟知していて、軽やかに蛇行しながら揺れの少ない道を進んでいった。
やがて、運転手のお気に入りの氷の丘に辿り着いた。丘に上がると、ますます周囲が氷しかないことがわかった。山も海も何も見えない。ただひたすらにまっすぐに白い雪と氷が広がるばかりだ。そして、低い位置を太陽が回っていくので、いつも眩しい陽射しが目の高さにある。目の色素が薄いシェリーはサングラスが欠かせない。一方のジェフは裸眼のままで平気な顔をしている。
運転手が金づちとノミで氷を砕き、それで湯を沸かして、みんなのために紅茶を入れてくれた。
もくもくと顔の前に湯気を立てながら、彼らはお茶を飲んだ。そんなとき、研究員の誰かがこんなことを言った。
「ここには雪と氷しかない。お茶が飲みたかったら、誰かがここに運んでこなけりゃ、飲むことはできない。俺たちが作った生き物たちだって、餌を与えなきゃ、ただのガラクタだ」
「何を言いたいの?」研究員のアジア系の女の子が口をはさんだ。
研究員は答えた。
「俺たちは自然の真似事をしていただけなんじゃないだろうか。いろんなものを組み合わせて、新しい生き物を作ったつもりだったが、そんなものはただのハリボテだった」
そう言って、彼は二人の博士の顔をちらりと見た。ハースはするどい視線を研究員に向けた。ブラックスミスは考え事に集中して、手元の紅茶に視線を落としている。
「遠慮なく、思っていることを話したまえ」とハースは促した。
研究員は答えた。
「あるバクテリアは、窒素からアンモニアを作ります。そして、また、あるバクテリアは、アンモニアからアミノ酸を作ります。空気から食い物を得るわけです。……俺たちは何かを見落としていたような気がします。ほんのちょっと資材の調達が遅れただけで、研究所の生態系はめちゃくちゃになってしまった。俺たちが生み出したと思っていた機械細胞――の、ようなものは、過酷な環境に適応できず、機能を停止してしまった。根本的に、何かが間違っていたとしか思えません」
すると、別の研究員が後を続けた。黒人の女の子のほうだ。
「私も似たようなことを考えていました。本来の目的に立ち返る必要があるように思います。私たちは、宇宙空間でも生きていける生物と機械の中間の生き物を作ろうとしてきたはずです。それは、何もない宇宙で、何も与えられない状態で、自ら考え、自ら環境を変えていけるものでなければならないものだと思うのです。つまり、自立した生き物でなければならないのです」
ずっと黙って話を聞いていたブラックスミスがようやく顔を上げた。若い研究員たちを見渡し、こう言った。
「根本的に計画を立て直さなければならないと考えている者は、どのくらいいるかね?」
七人の研究員のすべてが手を挙げた。シェリーはここで初めて胸の中のもやもやが形を取って目の前に現れたのを感じた。確かにその通りだ。造物主を気取って奇妙な生き物を作っても、それが親の手を離れて生きていけないのでは意味がない。
もう一人の研究員が言った。彼はプログラミングの専門家だった。
「これから研究所へ戻って、一からプログラムを書き直そうと思います。『自ら考え、環境を変えよ』と、そう命令してみるんです」
ここに、滅入っていた気分はすっかり消え去った。しばらくは目に入れたくないとさえ思っていた研究所に、一刻も早く戻りたいと、みんなは強く思った。
しかし、それからの三か月は無為な日々が続いた。
「自ら考え、環境を変えよ」と命じられた機械細胞は、まるで固まってしまったかのように、ほとんど動かなくなった。頭脳は表向きフリーズして、何も考えていないように見えた。
ところが、それは突然始まったのだ。
一日目、機械細胞は光る細胞を作った。それはたちまち増殖して、強い熱とエネルギーを発するようになった。常温で水素からエネルギーを生みだす細胞を生み出したのだ。
二日目、機械細胞は汚れた泥から、清浄な空気と水を作り出した。清潔で快適な環境を自分で生み出したのだ。
三日目、機械細胞はついに空気と水からだけでアミノ酸を作り出した。泥の上に藻ができ、草が生えた。
四日目、光る細胞が空を舞い、水を泳ぎ、土を這い、生き物たちにエネルギーを供給する仕組みができた。
五日目、ついに新しい生態系が出来上がった。土と草の中から、奇妙な動物たちが這い出してきた。
六日目、機械細胞たちを統括する、知性を持った生物が生まれた。研究員たちは恐れ多き名を用いることを避けて、ただそれを「奴」と呼んだ。




