桃井華、宇宙消防士になります!・4
第十七小隊の隊長、小山三郎は怒りに燃えていた。
爆発に巻き込まれる恐れのあるレッド・ゾーンから十分に距離を取った場所に、指令本部となる小型の消防宇宙船が飛んでいた。そこからはグラス・リングの全景を見渡すことができる。地球はもうじき朝を迎えようとしており、真っ白な太陽から両腕が伸びるように、巨大な青い輪郭が描き出されようとしていた。回転の止まったガラスのドーナツの周りに、その大きさに対してあまりに心細い数隻の消防宇宙船が飛び回っている。
小山隊長はパイロットと二人で指令船に残り、隊員たちに指示を送っていた。さきほど隊員の一人が送ってきた、グラス・リング内のとある物体のデータを見て、彼はとうとう怒りを抑えきれなくなったのだった。頬に深く刻まれた皺を小刻みに震わせて、彼は声を張り上げた。
「こちら指令本部、全隊員に緊急命令を発する。ただちに最寄りの救命カプセル格納庫に向かい、手動でカプセルを射出せよ。繰り返す。ただちに最寄りの救命カプセル格納庫に向かい、手動でカプセルを射出せよ」
小山は一度大きなため息をつくと、よく響くバリトンで、子供たちに説明する親のように語りかけた。
「向かいながら聞いてくれ。実に馬鹿げたことなんだが、さっき隊員の一人が救命カプセルの素材のデータを送ってきた。本来なら大気圏突入の高熱に耐えられる特殊合金で作られていなきゃならないカプセルの外殻が、実はただのアルミのハリボテだとわかった。もちろん規格に違反している。クリスチャン・バラードという奴はとんだ食わせ者だ。とにかく宇宙ステーションの完成を急ぎたかったんだろう。救命カプセルの素材は希少だし、加工に時間がかかるからな。後からゆっくり本物と差し替えるつもりだったのかもしれない。検査にどう通ったのか見当もつかないが、おそらく奴に捜査の手が届かないような根回しもできているんだろう。きっと化学プラントの爆発が起きたことも似たような原因なんだろうな。ともかく、カプセルがハリボテとなると、大気圏突入どころか、さっきのスペースプレーンの衝突にも耐えきれたかどうかわからない。グラス・リングの機能が全停止した今、射出するには手動で行うしかない。それと、急ぐ理由はもう一つある」
長く語り過ぎたと思ったのか、小山隊長は少し早口になってこう付け加えた。
「さっきの衝突でグラス・リングの軌道が大きく変わった。やがて周回軌道を外れて地球に落下する。三十分とはかかるまい。だからそうなる前に、すべての救命カプセルを宇宙に射出するんだ。それらを回収する手配はすでに済んでいる」
隊長の話を聞いていた龍之介は、愕然として身動き一つとれないまま、手すりにつかまって宙に浮かんでいた。左腕には、華が心配そうにしがみついて、じっと龍之介の表情を窺っている。
隊長の声は華には聞こえていないはずだ。龍之介の頭の中に、何をどう華に伝えるべきか、自分がどう行動すべきか、様々な迷いが渦を巻いて駆け巡った。命令に従うにはただちに行動に移さなければならないが、華の命も守らなければならないのだ。
「ロジャー、こちら龍之介」
龍之介は気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと喋った。
「これから要救助者を一名連れてエアロックの外に出る。宇宙船は待機できているか?」
華が心配そうにじっとこちらを見ている。
じれるような長い時間を空けて、ロジャーが返答した。
「龍之介、こちらロジャー。すまないが、現在、ちょっと離れた場所にある救命カプセルの回収に向かっている。また新たな爆発が起こりそうな兆候があるんだ。そちらは自力で移動できないか?」
龍之介は視野の中のネビュラの表示に目を走らせた。
「スラスターの窒素の量が心配だが、レッド・ゾーンの外まで離れるには十分そうだ」
「ならばそうしてくれ」
「了解」
龍之介は華の顔を見ると、無理に口角を吊り上げて、笑顔を作った。
「これから二人で宇宙に出る。予定が変わって、宇宙船は別の現場に行ってしまったので、命綱なしでしばらく飛ばなけりゃならない。ちょっと怖いけど、我慢できるかい?」
「もちろんです!」
華は元気いっぱいに答えた。
二人で協力して、外に出るためのハッチのハンドルを回す。無重力状態でフラフラしてしまうので、手すりを握ったり壁に足をついて踏ん張ったりいろいろ方法を試して、なんとかロックを外すことができた。
ハッチを開ける前に、龍之介が華をしっかりと脇に抱えた。ゆっくりハッチの隙間が外に向かって開いて、勢いよく中の空気が抜けていく。これが華にとっての、生まれて初めての船外活動だ。
外は朝を迎えていた。簡易エアロックの六角形の白いボディが太陽の光をめいっぱい受けて、煙が出そうなほど温まっている。華の目の前には真っ黒な宇宙が広がっている。視野の端に眩い太陽が輝き、目を焼かないようにヘルメットのガラスの一部が黒く変化した。
この近辺には宇宙船は一隻も飛んでいない。
「これから急いで安全なところまで離れる。君は俺にしがみついていればいい。推進剤を節約したいから、最初に壁を蹴るときだけ力を貸してほしい」
「わかりました」
龍之介は腰に付いた二つのスラスターを細かく噴射して、エアロックの壁面に二人が膝を曲げて立つような体勢になった。
そのとき華が後ろを振り返りそうになったので、龍之介はぴしゃりと言った。
「顔を動かさないで、姿勢が崩れるから」
「はい、すいません」
華の目の前には真っ黒な宇宙だけがある。グラス・リングがどうなっているのか、今の体勢ではまったくわからない。
「息を合わせて飛ぶよ。一、二、三で行こう」
「はい!」
「せーの、一、二、三!」
二人は思いっきり壁をキックした。それだけでは勢いが足りないので、龍之介はスラスターのノズルを全開にして速度を上げた。窒素ガスが細かい氷の粒になって背後に筋を引いた。
華は言われるままにまっすぐ前を見つめていた。この体勢だと、自分がちゃんと進んでいるのかどうかまるでわからない。周りに目印になるものがないからだ。後ろを見て確かめたいのだが、そうすると前へ進む力に余計な影響を与えそうで、それが怖くて、顔を動かすことができなかった。
こちらからは龍之介の片頬だけが見える。彼はネビュラで何かをチェックするように細かく視線を走らせていたが、やがてあるところまで来ると、スラスターを逆噴射して速度を緩めた。軽いGが華を前から押した。
「華ちゃん、ここでしばらく待っていてくれないか」
それは華にとってまったく意外な言葉だった。こんな何もないところで、一人にさせられるのだろうか?
「君の防護服には軌道をコントロールするプログラムが備わっている。君は何もしなくていい。勝手にどこか遠くへ飛んでいってしまうようなことはないんだ」
「龍之介さんはどこへ行くんですか?」
「俺はグラス・リングに戻る。君はここで救助の宇宙船が来るのを待つんだ」
「戻って何をするんですか?」
出過ぎたことだとは思いつつ、華はすがるように龍之介に尋ねた。
龍之介は、ちゃんと真実を話したほうが時間の節約になると考え、すべてを話すことにした。
「華ちゃん、落ち着いて聞いてくれ」
「はい」
龍之介と華は顔を向き合わせた。
「実は、君の家族が乗っている救命カプセルに欠陥があることがわかった」
華は息を呑んだ。
「続けてください」
「カプセルは宇宙に出る分には大丈夫なんだけど、大気圏突入には耐えられない。もうすぐグラス・リングは地球に落下するらしいんだ。カプセルは格納庫の中に閉じ込められたような状態になっていて、手動で射出してやらなけりゃいけない。俺は急いで戻らなければならないんだ」
華は龍之介から視線を外し、あてもなく虚空を見つめた。まったく虚無の、宇宙の暗黒だけがあった。
龍之介は華の両肩をつかんだ。軽く叩いてなだめるようにして、優しく語りかける。
「俺たちは厳しい訓練を乗り越えてきたプロだ。安心して任せてほしい」
これ以上、彼を引き留めることはできない。華は猛烈な速さで頭を回転させて、言葉を絞り出した。
「人手は足りているんですか?」
「足りていないとしても、それを何とかするのが俺たちの仕事さ」
「私もやります」
「馬鹿を言うな」
龍之介はついカッとなって、怒鳴るように言った。
「そんな誰にでもできるようなことじゃない」
「私、守られるばっかりじゃ嫌です」
「嫌でもなんでも、ここで待つんだ」
龍之介はうんざりしたように首を横に振った。
「勘弁してくれ。もう時間がないんだ」
龍之介は、腕をつかんでくる華を振り払った。華は必死で彼を捕まえた。もみ合うようにして二人は回転し、そこで初めて、華は燃えるグラス・リングの姿を見た。全身から血を噴き出すように、無数の穴から炎を噴き出していた。ドーナツのようなガラスの輪と、それを貫く長いシャフトの両方が、炎に照らされて赤く染まっている。その周囲を、わずかな数の消防宇宙船がてんてこまいで飛び回っていた。
あそこに、まだ家族がいるのだ。
華の心臓が激しく鼓動した。一人で生き残っても、家族がみんな死んでしまったら、これから先の人生を明るく送ることなんてできない。母と約束したのだ。家族そろって四人で家に帰るのだと。絶対に、みんな一緒に生きて帰るんだ。
華は、龍之介の顔の真正面に自分の顔を近づけた。嫌そうに視線を逸らす龍之介を、無理やりこちらに向き直らせる。
「龍之介さん、私、絶対に足手まといにはなりません。お願いします。一緒に連れていってください」
「そういうわけにはいかないよ」
「いいと言うまで、絶対に離しません」
「家族がどうなってもいいのか?」
「私、宇宙消防士になります。今決めました。龍之介さんと約束します。一生かけて宇宙消防士になります。だから、今日は研修生として、お供させてください!」
華は目から涙を溢れさせた。
このやり取りを、小山隊長が見ているかどうかわからないが、自分がここでどう返事するかでこの子の運命が決まるということは、龍之介にもはっきりとわかった。自分だって、一生かけて宇宙消防士をやるつもりだ。この子にそれと同じ覚悟があるのなら、適当にあしらうことなんてできない。
龍之介の頬に、ふいに微笑みが込み上げてきた。それを見て、華もパッと明るい表情になった。
「よし、じゃあ、ついて来い」
「はい!」
龍之介は、華をがっちり脇に抱えて、スラスターを全開にした。さっき進んできた道を、また同じように戻るのだ。
華の胸はドキドキして、嬉しくて、ゾクゾクして、熱く燃えていた。
時間を無駄にしてしまったので、窒素の残量など気にしていられない。龍之介と華は矢のようにグラス・リングを目指すと、さっき出てきた簡易エアロックに辿り着き、ハッチから中へと飛び込んだ。
「格納庫の外側は炎で囲まれているから、こっちから接近したほうが安全らしい」
龍之介は綿密にネビュラで情報を収集している。
さっきまで華が閉じ込められていた廊下はすっかり酸素が燃え尽き、有毒な煙が充満していた。壁が熱く焼けており、触れるだけで手袋が損傷するほどの高熱を発していることが、龍之介のネビュラの視野の中に表示されている。
左右から閉じた隔壁の向こうに救命カプセルの格納庫があるはずだ。しかし、この高熱をどう処理しようか? 触れることもできないような扉を、どう開けたらいいのだろう?
本来なら消防宇宙船から様々な支援を受けられるのだが、今はみんなそれぞれの仕事で手いっぱいだ。自分たちでなんとかしなければならない。
「華ちゃん、さっそくだけど、君がいてくれてよかった」
「はい?」
龍之介はさっき入ってきた簡易エアロックを指さした。
「これから、あいつを外して、ここに持ってくる。あいつは恐ろしく頑丈にできているんだ。こういう使い方をすると怒られるかもしれないけど、人の命に比べたら、始末書なんてわけないさ」
二人はエアロックから外に出ると、グラス・リングとエアロックを固定している接続部分の金具を外していった。これは専用の道具を使わなくてもつけ外しできるようになっていた。ただ、金具の個数が多いので、素人でもいいから人手がいるととても助かるのだ。
外れた六角形のエアロックが宇宙空間に浮かんだ。龍之介が操作盤に手を触れると、六角形が瞬時に折りたたまれて、パズルボックスのように小さくなった。さっきまで人が入れるほどの大きさだったものが、両手で抱えられるくらいに縮んだ。
「今から隔壁に穴を開けて、こいつをその穴に仕掛ける。それからまた大きくすれば……、もうわかるだろう?」
龍之介が得意げに微笑むので、華も微笑みでそれに答えた。
これからドリルとパワーソーを使って、隔壁の扉の合わせ目に小さな穴を開ける。折りたたまれた簡易エアロックを挟み込めれば十分だ。穴を開ける作業をするためには無重力の中で身体を固定しなければならない。二人は壁に巡らせてある手すりにワイヤーを張っていった。これも一人でするには大変困難な作業だが、二人でやればあっという間だ。ワイヤーに縛られて動かなくなった龍之介は、道具を縦横無尽に振り回して、必要十分な大きさの円形を描いた。円形の内側部分を向こう側に蹴り込むと、壁の向こうから熱いガスが噴き出してきた。向こうの人々がどうなっているのか、ひどく心配になる熱気だった。
龍之介と華は、縮めた簡易エアロックを隔壁の穴に収めた。そこからの操作はネビュラを通して行う。二人はしっかりと距離を取って、この試みの結果を見つめた。
ゆっくりと壁を歪ませながら、エアロックが広がっていく。みしみしと悲鳴を上げて、金属の壁に波打つような折り目をつけていき、次第に人が通れるくらいの大きさまで拡大した。龍之介の狙い通りになった。
「熱くなる前に行こう」
龍之介と華は、まだ冷たくて触れる状態のハッチのハンドルを回した。華が挟まれて、母と妹と離れ離れになってからずいぶんと長い時間が経ったような気がする。そこに再び戻ってきたことが感慨深い。
ネビュラを見ながら壁の向こうの安全を確認すると、まず龍之介が中に入って、さらに向こう側のハッチを開けた。二人はようやく壁の向こうに出ることができた。
ひどく心配させられていたが、結局のところ、救命カプセルの格納庫は熱から守られていた。
格納庫の壁が宇宙に向けて大きく開かれていたからだ。壁の一面と床全体がなくなっていた。真空が熱を遮断して、カプセルの中の人たちを安全な温度に保っていた。なくなった壁と床の向こうには、青くて美しい地球がいっぱいに広がっている。
救命カプセルはそれぞれ五人ほどが乗ることができる。形は卵のように上がわずかに尖った楕円形だ。そのカプセルが数十個、天井から伸びたアームでそれぞれ宙づりになっている。避難してきた人たちは定員以上に乗り込んでいて、脱出のときをうんざりするほど待っていた。華と龍之介が小さな窓から中を窺うと、ホッとしたり怒ったり、様々な表情で中の人たちは答えた。宇宙服を着ていない彼らは、カプセルから一歩も外に出られないのだ。
カプセルが宙づりの状態で、格納庫が壁や床も全開だったということは、ほとんど脱出する寸前だったということだ。龍之介はネビュラで情報を収集して、その経緯を考えた。調べたことを後でしっかりと報告書にも書かなければならない。
その結果、救命カプセルの脱出装置にも欠陥があったということがわかった。カプセルの素材の不正だけでなく、装置のほうもいい加減なものだった。避難してきた人たちは中で待機していたのではなく、脱出したくてもできない状況だったのだ。
龍之介がコントロールパネルを操作している間に、華は家族を探した。同じ形のカプセルに囲まれて方向感覚を失いながら、無事を祈る気持ちで胸をいっぱいにして、華は飛び回った。いつの間にか無重力での移動の仕方が身についていた。
そして、ついに母と妹を見つけた。見知らぬ人たちと一緒にぎゅうぎゅう詰めで閉じ込められていた。
妹の翼は窓にかじりついて、はち切れそうな笑顔で何か叫んでいる。母はニコニコとこちらを見つめていた。父のことも知りたくて、華は懸命にジェスチャー(顎の無精ひげ、大きなお腹)を送ってみた。母はうなずいて、頭の上で大きな丸を作った。おそらくネビュラを使って無事を確認したのだろう。ここではない別の格納庫のカプセルに乗っているようだ。これでもう何も心配はいらないだろう。
「華ちゃん、準備ができたよ」
華のヘルメットの中に、龍之介の声が響いた。華は母と妹に手を振って、一旦その場を離れる。翼がまた長い別れになるのではないかと心配して窓から見つめてくるので、華は力強くウインクを返した。
音もなくアームが動いて、カプセルが次々と宇宙へ放り出されていった。母と妹が乗るカプセルも、静かに地球に向かって解き放たれていった。そのまま地球に落ちたら燃え尽きてしまうので、途中で消防宇宙船が網を張って受け止めた。
龍之介と華も、無事に消防宇宙船に回収された。
それから十分余り後、完成したばかりの大規模複合宇宙ステーション「グラス・リング」は満足なお披露目もできぬまま、巨大な火の玉となって地球に落下していった。
帰りの宇宙船をソラリ・スペースラインが提供する手はずになっていたが、誰もそれに乗りたがらず、他の会社の宇宙船を使ってそれぞれの故郷に帰っていった。
母と父と妹、そして華は、海の上を飛行機で飛びながら、次第にゆっくりと近づいてくる日本の大地を前に、なんだかソワソワしていた。
「やっぱり土があるところが一番だな、母さん」
「そうねえ」
心の底から宇宙はこりごりだという様子で、両親は手を握り合っていた。
「もう二度と、タダだからって宇宙への誘いには乗らんぞ。何が宇宙の素晴らしさを周りの人たちにお伝えください、だ。宇宙の恐ろしさしか語ることはないね」
「でも、まあ、いい経験だったかもしれないよ。ほら、あの二人をごらんなさいよ」
二人の娘、華と翼は隣り同士の席で、こちらも手を握り合っていた。
「お姉ちゃん、あのかっこいい人のこと、もっといろいろ教えてよ」
「いつか今度ね」
「ねえ」
「なに?」
「お姉ちゃん、あの人のことが好きになっちゃったの?」
翼がからかうように言うので、華は真顔になって、妹のおでこをぴしゃりと叩いた。
「そんな気安く話せるような人じゃないの」
「好きなんでしょ?」
「もっともっとずっと大きな存在だよ。私の人生を、大きく変えてくれたの」
「ふうん」
青い海が、窓の外いっぱいに広がっている。雲一つない、澄み切った空が眩しい。
「ねえ」
今度は華が、妹の手を握りながら話しかけた。
「あんた、この前、私がなりたい仕事を決めたら、あんたがなりたいものも教えるって言ったでしょ」
「言ったよ」
「それじゃあ、発表します」
華は誇らしげな笑顔で言った。
「わたくし、桃井華は、宇宙消防士になります」
「でしょうね」
「なによ、驚かないの?」
「あれだけさんざ楽しそうにあの人の話を聞かされたら、他の仕事なんて思いつきません」
「うふふ」
華は幸せそうに笑った。
「今度はあんたの番よ。約束なんだから、教えなさい」
翼は咳払いして姿勢を正すと、座席に座り直した。
「それでは、教えましょう」
「うん」
「私のね」
「うん」
「なりたいものはね」
「うん」
「哲学者」
「なにそれ、かっこいい」
次回、第二話「ヘラクレスとヒドラ(前編)」