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パンドラ・2a

 ここに来て良かった。本当に良かった。

 シェリー・デスティニーは心の底からそう思った。二十歳のシェリーは恋も知らずに研究一筋で生きてきた。生物と機械が融合した未来という、絵空事のようなイメージを、彼女は本当に実現できるものとして夢見ていた。


 タンパク質でできた人間は、宇宙では無防備すぎる。金属でできた宇宙船は、その大きさに比例して維持管理に膨大なコストがかかる。その二つの問題を同時に解決できるのが、生物と機械の両方の特性を持った機械細胞(マシン・セル)だった。


 研究は二人一組で行ない、昆虫、魚、哺乳類をそれぞれ受け持った。残った一人はリーダーとして、みんなの調整役を務めた。


 シェリーは深海ブロックの担当を命じられた。実際の海水と同じ成分の水槽の中で泳ぐ、生物と機械の間の魚を作ることが彼女の課題だった。

 彼女の相棒はジェフ・カレルという男性研究員で、アルゼンチン生まれのアメリカ人だった。彼が九歳の頃に両親と一緒にニューヨークの下町に移り住み、靴磨きやタクシーの運転手も経験したことがあるという。高等教育学校の制度が確立していたおかげで、彼は研究員まで昇り詰めることができた。ジェフは、シェリーがこれまで出会ったことのない、知性とタフさを併せ持った魅力的な男性だった。特に、彼のそのくっきりとした目と眉毛のラインにシェリーは魅了された。ジェフの瞳は宝石のように真っ黒なのだ。


 夢心地のような日々だった。水槽を泳ぐ魚の血管にオイルを流し、金属とタンパク質が瞬時に入れ替わる炭素合金を作り、プログラム通りに融合と分裂を繰り返すからくり仕掛けの細胞を生み出した。誰かがアイデアを出すと、全員でそれを貪るように検証した。魚と昆虫と哺乳類のどれだか見分けのつかない生き物もたくさん作った。それは造物主の快感だった。マッドサイエンティストの悦楽だった。

 研究の興奮は、恋の興奮と見分けがつかない。シェリーは研究にのめり込むと同時に、相棒のジェフにものめり込んでいった。二人はいつしかすべての時間を共に過ごすようになっていた。


 その幸せな日々が、あるとき突然終わりを迎えた。


 シェリーが南極にやって来て一年後、二〇六四年の年明けに、ある大きな事故が起きた。外部との連絡を一切断っているこの研究所にしては珍しく、そのニュースは大きく伝えられた。ソラリ・スペースライン・グループが建造した大規模複合宇宙ステーション「グラス・リング」が崩壊したのだ。


 その賠償と会社の立て直しのために、この研究所が閉鎖されるかもしれないという噂が、研究員たちの間でもちきりになった。これまで、いくらでも要求すればするだけ送られてきていた資材がなかなか届かなくなった。アイデアがあっても、それを試すための材料と道具がまったく足りない。研究は滞り、新生物たちは機能を停止されて倉庫に仕舞い込まれた。研究所を囲む球体の生態系は狂い始めた。草木は枯れ、水は濁り、生き物たちは自分で餌を取ることができなくなった。

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