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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第四十一話「王の帰還(後編)」
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王の帰還(後編)・2b

 家の中に入ると、そこはついさっきまでの華たちの新居と同様、引っ越してきたばかりで荷物が山積みになったままの状態だった。折り畳みのコンテナケースが天井まで積み重ねられ、その隙間にソファやらベッドやらが埋もれるように置かれている。さらには華も見たことがないような未知の電子機器がごろごろ転がっており、絡まり合うコードにまみれて無造作にあちこちを占拠していた。


 華はまるで金属とプラスチックのジャングルを歩いているような気がした。

「これって、通信関係の機械ですか?」

「そうなんだ。うちら夫婦とも、こういうのが趣味なんだ。ごめんね、コードに足を引っかけないように気をつけて」守が申し訳なさそうに言った。


「散らかり具合は、お前たちも俺らと似たようなもんだな」

 龍之介は、仲間を見つけた嬉しさに声が弾んでいた。「忙しいと、やっぱりこうなるよな」

 華は、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気まずさを覚えた。表の華やかさの裏に隠れた、家庭生活のリアルだ。


 守は恥ずかしそうに言った。

「次の仕事の準備やら、パーティの準備やらで、まったく片付かないんだよね」

「うちもまったくおんなじです。実はさっき、みんなに手伝ってもらって、やっと終わったところだったんです」

「そうか、そいつは羨ましいや」


 その山積みの荷物の間を、バタバタと走り回っている二匹の動物がいた。追いかけられているほうは茶色くて耳の長い短足の犬で、それを追いかけているのはすらりとスマートな三毛猫だ。その二匹が、華の足元で渋滞を起こしている。進むことも引き返すこともできない犬と、それを後ろから追い立てる猫とが、お互いごっつんこした。


「きゃあ、ごめんなさい」

 華が片足を上げると、その横を犬と猫が勢いよく駆け抜けていった。

「ワンちゃんと猫ちゃんがいるんですね」

「バセットハウンドのラファエルと、三毛猫のミケランジェロっていうんだ」

「あはは、かわいい」

「二人とも毛の生え方が黒・白・茶の三色で同じなんだよ。ラフィーは散歩が大好きだから、毎朝一時間歩くのが日課なんだ。今はユズと交代で一日おきになったけどね。その後は家の中でミケのいいおもちゃさ」


 動物たちの話になると長くなりそうなので、龍之介がすかさず割り込んだ。

「ところで守、あのソファーを使わせてもらってもいいか?」

「いいよ、ちょっと片付けるから待っていて」

 ソファーの上を占拠していた、年代もわからないような不思議な電子機器の数々を、守は丁寧により集めて、すぐそばの床に積み重ねた。


「龍之介さん、私の赤ちゃんバッグからシートとお尻拭きを取って」

「了解」

 赤ちゃんバッグは、華の身体に巻かれた抱っこ紐に付属している。龍之介はバッグからシートを取り出すと、それをソファーの上で広げた。

「はい、纏さん、おりこうさんでしたね。よく泣くのを我慢できました」

 と言っているそばから泣き始めている纏を、華は広げたシートの上に寝かせた。ベビー服のボタンを外して前を開くと、おしっこですっかり膨らんだオムツが現れた。


 そのときちょうど、キッチンのほうから小麦粉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。愛梨紗とユズが余った卵白を使って、アイスクリームの器になるコーンを作り始めたようだ。


 華がオムツを外している間に、龍之介は横で汚れ物を回収するためのビニール袋を広げた。

 最新技術で作られたオムツは、昔のようにたくさんのゴミが出たりはしない。肌に優しい素材の薄膜が何層にも重なっていて、汚れるたびにその薄い膜を剥がすだけで処理が済むようになっていた。おしっこは強力高分子吸収体(ポリマー)が全部吸収してくれる。ゆるいうんちが出たときも水分をすべて吸収してくれるので、外に流れ出す恐れもない。


 使用済みの薄膜を龍之介が剥がしている間に、華は纏の身体を使い捨てのお尻拭きできれいに拭き上げた。お尻拭きには肌に優しい消毒剤とオイルが含まれている。

 きれいになったお尻の下に、龍之介がきれいになったオムツを敷いた。オムツの真ん中には新しい高分子ポリマーのカートリッジをセットした。それらを華が纏の身体に手際よく巻いて、マジックテープで固定した。このとき出た少量のゴミは、ビニール袋に入れて持ち帰り、週に一度来てくれる自治体のドローンに回収してもらって、すべてリサイクルするのだ。


「ひゃあ、大したもんだ」

 横で熱心にオムツ替えを見学していた守は、感嘆の声を漏らした。

「お前ももうじき、同じことをやるんだぞ。しかも双子となったら手間は二倍じゃ済まないぞ。二人同時にお腹が空いたりオムツを替えたりできるならいいけど、実際はバラバラだからな。寝る暇なんかないぞ」


 龍之介がそんな脅すようなことを言うと、守はすでに覚悟が決まった顔で答えた。

「わかってるよ。ユズとも話し合って、限界を超えそうならすぐ助けが呼べるように手配もしてあるんだ。こういうときは大人の側のケアも大事だからね。とりあえず、やれることはなるべく自分たちだけでやるつもりだけど」

「どうしても無理そうなら、俺に頼ってもいいぞ」

 龍之介がそう言ってから華の顔をちらりと見たので、華もうんうんとうなずきを返した。

「ありがとう、本当にまずいときにはそうするよ」

 守は二人にそう言って微笑んでから、仰向けでこちらを見上げている纏にもにっこりと笑いかけた。


 華はお手拭きでしっかり手を消毒して、ソファーに腰かけると、服を着せた纏を抱え上げた。纏はすっかり不快から解放されて、ご満悦の表情で華の胸に抱かれた。

「纏さん、お腹空いたでしょ。お待たせしちゃってごめんね」

 そういって華がボーダーシャツをぺろんとまくり上げたので、守は大慌てで後ろを向いた。


「僕はユズたちを手伝ってくるよ」

 ぎくしゃくした動きで守が駆け出していったのを見て、龍之介と華はそのときやっと自分たちのしくじりに気づいた。

「おいおい、華、ここは自分の家じゃないんだぞ」

「ごめんなさい、つい、いつもの調子が出ちゃった」


「それにしても……」

 と、ここで龍之介は急にまったく関係ない話題を口にした。「コウジの奴、全然姿を見せないけど、いったいどこにいやがるんだろう。あいつこそ妹の面倒をちゃんと見てやらなきゃならないだろうに」

 ユズの兄の夏木コウジは、パーティに参加しているようでもないし、連絡を取ろうとしてもまったく繋がらない。当の妹のユズが、それをまったく気にしている様子がないのも気になる。


「あいつら、ケンカでもしてるんじゃないだろうな。ちょっとユズに訊いてみるよ。華はここで待ってな」

 龍之介はそう言うと、おっぱいを飲んでいる纏の頭を軽く撫でてから、香ばしい匂いを辿って、キッチンのほうへ歩いていった。

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