王の帰還(前編)・4a
みんなは二組に分かれて飛行機に乗り込んだ。垂直離着陸高速無蓋飛行機には、華と纏、龍之介、妙子、オットーが乗り、パイロットはもちろん愛梨紗だ。そして、健太郎が操縦するAF‐93ケストレルには、しのぶが無理やり乗せられた。
「やっぱり製作者の私が一緒にいないと不安だろ? 愛梨紗」
「そげんことなかよ、しのぶはロジャーさんと一緒にごゆっくり」
「さあさあ、時間がないから乗った乗った」
「ひどいぞ、龍之介、自分が樹雨さんの話を聞きたくないからって、私に絡んでごまかそうとするなんて」
「さあさあ、時間がないから乗った乗った」
「ちくしょう、ふざけやがって!」
「さあ、しのぶ君、腕をこちらに伸ばすんだ」
「このクーラーボックスはどうするんだよ」
「じゃあ、先にそれを受け取ろうか。――おっと、どこへ行くんだ、しのぶ君、君もこちらへ乗るんだよ」
「やだよ、なんでお前なんかと乗らなきゃならないんだ」
「こっちはもう席が空いてないよ」
「なんだよ、妙子まで……、お前ら何笑ってんだよ」
「さあさあ、時間がないから乗った乗った」
「てめえ、やめろ龍之介、こら離せ」
「龍之介さん、何やってるんですか! 妻と子供の目の前で女の人に抱きつくなんて!」
「そうだ、華、もっと言ってやれ」
「龍之介、その手を離すんだ。しのぶ君に乱暴することは許さんぞ。さあ、しのぶ君、こっちに逃げるんだ」
「ありがとう、ロジャー」
「じゃあ、そいつの面倒はお前が見てやってくれ」
「そりゃあ、もちろん、よろこんで」
「ふう、助かったよ、ロジャー……、って、おーい!」
しのぶはまんまと健太郎の後ろの座席に乗せられた。さらにその膝の上に重いクーラーボックスを乗せられたので、まったく身動きが取れなくなった。
龍之介がマジック・カーペットに飛び乗ったところで、ようやく出発の準備が整った。
「ようし、出発進行!」
龍之介の張り切った合図で、二機は同時に飛び立った。
ガラパゴス人工群島の大きな海(ここでは小太平洋と呼ばれている)に出て大きく旋回し、二機はガラパゴス日本区の裏側へと回り込んだ。高層マンションが立ち並ぶ華たちの自宅のある地域と、ユズが暮らす郊外風の住宅地は正反対に位置しているからだ。
斜めに傾いた海を見下ろしながら、必死で自分の身体を支えていたオットーは、真っ青な顔になり、今にも気を失いそうになっていた。妙子は夫を励ました。
「オットー、自分をしっかり持って、ユズのお家はすぐそこだから」
「ああ、そうだね、ドイツ区からここに来るときに比べたら、全然大したことないよね」
と言っているオットーの声は震えていた。
それを横で見ていた華は驚いていた。昔、初めてみんなでこのマジック・カーペットに乗ったとき、一番怖がっていたのは妙子なのに、今では平然としていて、さらには人を励ます余裕さえある。
「妙ちゃん、ずいぶん度胸がついたよね」
「ありがとう、華ちゃん」
妙子はにっこり微笑んだ。口紅を塗った唇が妖艶だ。「そりゃあ、ここに来るまでにいろんなことを経験しましたから」
華は、前で操縦している愛梨紗に向かって張り切って言った。
「じゃあ、愛梨紗、ここは一丁、宙返りして一気にショートカットといこうよ」
「ほんとによかと?」
華は隣りの龍之介を見た。
「龍之介さん、時間がないんですよね?」
「ああ、まあ、そうだな……」
青ざめている点では龍之介も負けてはいない。囲いのない乗り物+身体を支えるものは腰のベルト一つ+愛梨紗の操縦ともなれば、恐れない者がいるほうがおかしい。
安全を重視した旋回だと時間がかかる上に速度が落ちてしまうので、宙返りで時間を短縮しようという考えは極めて常識的だ。
愛梨紗は後ろを振り返った。
「ほんなら、みなさん、しっかり掴まっときーよ」
「ちょっと待って愛梨紗」
華は慌てて声を掛けた。「龍之介さん、クーラーボックスを落とさないように、しっかり両足で挟んでください。オットーさんもしっかりお願いしますね」
男二人は、大きなクーラーボックスを遠心力で持っていかれないように、両足の間に抱え込んだ。
それから華は、纏を背中にくくりつけている紐をギュッと結び直すと、ネビュラを通して健太郎にもショートカットの意志を伝えた。
「了解、こっちもそちらについて行くよ」と健太郎は答えた。
華は声を張り上げた。
「オーケー、愛梨紗、やっちゃって」
「了解!」
たちまちマジック・カーペットはその場で横回転し、百八十度ひっくり返った。手の平を返すように急に逆さまになったので、それを予測していなかったオットーは「ぎゃあ」と一声上げて失神した。彼はジェットコースターがゆっくり大きな円を描くような宙返りをイメージしていたのだ。幸いにもクーラーボックスは彼の足の間にしっかり固定されていた。
逆さまになったマジック・カーペットは急降下した。加速の勢いはすさまじいものがあった。目の前に見えるものは真っ青な海だけだ。海に向かってまっすぐに墜落しているようにしか見えない。
さすがの華も恐ろしくなって、龍之介にしがみついて悲鳴を上げた。龍之介の大きな手ががっちりと自分を握り返してくれたので、華はそれをなんとか心の支えにすることが出来た。
あり得ないほどに高度を下げたマジック・カーペットは、海面すれすれで上向きに戻ると、衝撃波で大きな水しぶきを上げながら爆走した。たくさんの船やヨットの頭上をかすめ、人々が驚いてこちらを見上げるのを見て、「あーあ、こいつは始末書かな」と龍之介は小さく呟いた。




