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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第四十話「王の帰還(前編)」
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王の帰還(前編)・2a

「華、樹雨(きさめ)さんから連絡入ってるよ」

 しのぶがタブレットを持ち上げて軽く声を掛けると、バスルームのほうから青とピンクのボーダーシャツを着た華が、大慌てで走ってきた。


「ほら、華、樹雨さんから……」

 そう呼び掛けるしのぶを、華はなぜか素通りして、妙子の夫のオットー・ハイネマンに話しかけた。

「ハイネマンさん、気がつかなくてごめんなさい。汗をいっぱいおかきになったでしょう? お先にシャワーを使ってくださいな」

「あ、ありがとう」

 パーティ前に汗で濡れてしまったシャツが気になっていたオットーは、華の心遣いにホッとした。


「あの、樹雨さんから……」と、しのぶ。

 しかし、華は気がつかない。

「シャツと下着は急速洗濯乾燥機ですぐ乾きますので、脱衣所の籠に放り込んでください」

「ありがとう、本当に助かります」

 オットーは妻の妙子と顔を見合わせると、嬉しそうに微笑んだ。それに挟まれている纏も、なんだかわからないが「えへへへ」と笑っている。

 オットーはさっさと立ち上がらされて、バスルームへ追いやられた。


「妙ちゃんは汗かいてない?」と華。

「私は大丈夫、それより、しのぶさんがさっきから呼んでるよ」

「えっ」

 と、ようやく華が顔を向けてみると、何度も無視されたしのぶは不貞腐れて、タブレットをばしばしと手で叩いていた。

「ほら、樹雨さんから連絡だってば」

「あら、ごめん、しのぶさん」華は自分の頭をぽかりと殴ると、タブレットを受け取った。


「なんでネビュラじゃなくてタブレットなんだよ」と、文句を言うしのぶ。

 華はタブレットを操作しながら答えた。

「お産の後、なんだかネビュラがわずらわしくなっちゃって、電源切っちゃったの」

「それ、わかる」

 と、妙子が共感した。「私もつわりがひどいときに、それやったことあるもん。誰とも話したくなくなっちゃうのよね」

「そうなのかよ……」

 なんとなく話に入り込めなくなったしのぶは口を閉じた。


 華はタブレットのボタンをぽちぽちと押すと、みんなに向かって言った。

「樹雨さんからビデオメッセージだよ。火星から近況を知らせてくれるみたい。結構ボリューミーだな……」

 それからバスルームの龍之介に向かって大声で呼びかけた。「龍之介さん、樹雨さんからビデオメッセージが来てる!」

 遠くから「ネビュラで繋いでくれ」というこもった声が聞こえた。

「わかった!」

 華はそう答えてから振り返ると、「みんなのネビュラにも送るね」と言って、みんなの返事を待たずに、さっとボタン一つで再生を開始した。


 リビングの空中にスクリーンが出現した。自然がいっぱいな火星の風景をゆっくりと映しながら、豪華絢爛な交響曲のような音楽が流れ始めた。画面の下に、「映像協力・アラディブ・カハニカール・ブロードキャスティング・コーポレーション」の文字がきらびやかに躍っている。

「なんだか大げさで恥ずかしいな」

 しのぶはぼそりと言った。


 あのグレート・リバースの通過儀礼(イニシエーション)で荒廃してしまった火星が、その後、大勢の人々によって復興されていく様子が、ものものしい音楽と共に紹介されていった。そのオープニングだけでもかなりの長さになりそうだった。

 嵐と悪魔の襲来によってずたずたに破壊された森の木々の合間を縫うように、大量の美しい水が流れている。それはスター・チャイルドによって清められた水で、青く澄み、魚たちが生き生きと泳いでいた。


 素晴らしい空撮は延々と続き、火星全土が映し出された。オリュンポス山とその周辺の高い山地にかかる雲は、以前とは違って穏やかな雨を降らせている。火星各地のコミュニティは再び建て直され、人々の往来は以前より何倍も増えている。


 火星で生まれた気高きドラゴンたちは森を守る種族のようだ。彼らは倒れた木々をかき集めて火を放ち、それらを灰にすることで、森から腐敗と瘴気を一掃していた。そして、これまで隠れていた様々な新種の生物が現れていた。以前は見られなかった鳥類や虫の類も思いのままに森を闊歩していた。馬のような猫のような猿のような見たこともない不思議な哺乳類らしきものたちもたくさんいた。

 野性の動植物たちと人間たちとの関係は良好で、お互い干渉せず、それぞれの縄張りを尊重して暮らしているようだ。賢い種族のドラゴンたちがその懸け橋となって、両者の間を取り持ってくれているらしい。


 倒れてぺしゃんこになってしまった鐘の街(ベル・タウン)の隣りには、新しい逆さ円錐の構造物が建造されていた。あれから半年ほどしか経たないのに、驚くことにそれはすでに稼働していて、力強い回転で地球と同じ一Gの重力を作り出している。

 ここまでかなりの尺を使ったが、樹雨は一向に現れない。ただただ美麗な映像と壮大な音楽が流れるのみだ。パーティの時間がそろそろ迫ってきているのだが(あと一時間ほどで予定の午後五時になる)、誰も早送りしようとは言い出せない雰囲気だった。


 遠慮なしに大あくびした愛梨紗が、急にこんなことを言った。

「ねえ、華、お土産どげんするか考えとーお?」

「え? お土産?」華は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

「安産祈願のプレゼントばなんかせやんいかんっちゃろ?」

「そんなこと急に言われたって、招待状が来たのがさっきなのに、用意できるわけないじゃん」

 華は途方に暮れて、みんなを見回した。

 みんなも呆然と言うか、平然と言うか、相手はあのユズだしなという感じで、特に慌てる様子もなく、ただポカンと顔を見合わせている。


 そこに、シャワーを浴びてさっぱりした龍之介とオットーが戻ってきた。

「おい、お前たち、もうちょっと時間があるから、気持ち悪いならシャワー浴びとけ」

「龍之介さん、それどころじゃないよ」

 華はバタバタと駆け寄った。「お土産なにか用意しなくっちゃ、さすがに手ぶらじゃ気の毒だよ」

「そんなこと急に言われたって、招待状が来たのがさっきなのに、用意できるわけないだろ」

 龍之介がさっきの華とまったく同じセリフを言ったので、妙子は思わず吹き出した。


「まあいいや、何か考えようぜ。さすがに私もユズがかわいそうになってきた」

 しのぶはソファーから立ち上がると、すっかり片付いてきれいになった広間を見渡した。「たしか、さっき、華の田舎から送ってきた食べ物らしき荷物をどこかに仕舞ったような気がしたんだけど……」

「ああ、あれはただのお茶の詰め合わせだよ」

 と、華は顔の前で手をひらひらさせた。「お肉も果物も検疫に引っかかるから、お茶しか送ってもらえないの。緑茶と抹茶が山ほど入っているだけ」


 そのとき、愛梨紗が発作的に、

「私、抹茶アイス好きー!」と叫んだ。本当に子供みたいなただの発作だった。

 それを聞いた華の頭の上に電球が灯った。

「そうか、その手があった」

 と、華は両手を打ち合わせた。「今から抹茶アイス作ろうよ。みんなで食べられるくらいたくさん持っていけば、いいお土産になるじゃない」

 しのぶもぱっと笑顔になった。

「おお、いいじゃん、私の田舎の横浜は日本のアイスクリーム発祥の地だし、いいコラボになるよ」


「そんな時間あるのか?」と龍之介。

「急速冷却アイスクリームメーカーがあるから大丈夫だよ」

「なるほど、そいつは便利だ。いつ買ったのかは知らんが」

 と、龍之介は納得した顔をしたが、内心、そういういつ使うかわからないものをたくさん買い込むから、いざ片付けようとしても片付かないんだよなあ……、と思っていた。


 ちなみに、樹雨からのビデオメッセージはようやくオープニングが終わって、樹雨のナレーションに切り替わろうという場面だった。

 華はみんなを追い立ててキッチンに向かい、牛乳と卵と抹茶の粉と生クリームと砂糖をありったけテーブルに集めた。そして、足りない材料は宅配ドローンに注文した。

 パーティ開始まで、あと五十分余り、アイスは冷やしながら持っていくから大丈夫だとして、移動が二十分と見積もると、ギリギリ間に合いそうな気がする。

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