憧れの第十七小隊・3
宝石のように煌めく熱帯魚の群れが、海底すれすれを横切っていく。底に敷き詰められた白い砂は日光を照り返していて眩く、まともに直視することもできない。
「上と下から挟み焼きされて、泳いでいるだけで真っ黒になりそうだ」
龍之介がそう呟くと、コウジは困ったように返した。
「真っ黒な俺を見たら、ユズの嫌味が止まらんだろうな」
二人は首に巻くミニボンベで呼吸している。海水から取り出した酸素と、ボンベの中の酸素を混ぜ合わせ、二酸化炭素を排出しながら循環させることで長時間の潜水が可能だ。
深さ十メートルにも満たない海底に降り立ち、龍之介とコウジは足元を丹念に観察した。人工的な白い砂はどこまでも続いている。はるか先は坂を這い登るようにして水面の上に隠れて見えなくなっている。遠くのほうで熱帯魚と戯れている人たちがちらほらと見える。
二人が足先で砂をどかしながらあちこち見てまわるうち、やがて床の継ぎ目を発見した。一つの辺が四・五メートル、もう一つの辺が九メートルほどの長方形が二つ合わさって、両開きの扉のようになっている。
龍之介はネビュラの「文書モード」でコウジに話しかけた。このモードでは言葉を発さずに、文章を意識することでそれを相手に送ることができる。
「(これが排水口の扉だな)」
コウジも文書モードで返した。
「(図面通りなら、この下に穴あきの金属板がはめ込んであるはずだ)」
そして、龍之介は砂浜にいる源吾に呼びかけた。
「(源吾、図面通りに衛星中のすべての排水口が機能すると考えて、海の水を完全に宇宙に捨てるにはどのくらいの時間がかかる?)」
源吾からの返信。
「(水の量と重力の影響も考える必要があるが、平均で十時間はかかるだろう。捨て始めは速く、水圧が減ると遅くなる。重力がなくなれば、排出は困難になる。もっと大きな穴を開ければ時間は短縮できるが、衛星の強度の問題もあるし、人間を巻き込む恐れもある)」
「(なるほど)」
龍之介は、別行動を取っている健太郎にも呼びかけた。
「(ロジャー、そっちはどうだ?)」
すぐに返事が来た。
「(ここの緊急用機材倉庫はかなり充実しているよ。これなら俺たちの消防宇宙船と比べても遜色ない。ロボットアームの強度も確かだから、いざとなったら衛星の外殻をむしって穴を開けることも可能だろうね)」
「(言っていたネットはあるか?)」
「(救助用ネットもふんだんにある。これなら水上バイクを使って地引網みたいにみんなをかき集めることもできるだろう。まあ、それまで重力があってくれればだけどね)」
「(わかった、ありがとう)」
それから、龍之介はまた源吾に呼びかけた。
「(守のほうはどうだ?)」
すると、源吾は妙にもったいぶった様子で返信してきた。
「(そっちにコウジはいるか?)」
「(いるけど……、どうした?)」
「(ちょっと面倒なことになった。お前たち二人には、これから言うことに対して、あまり強く反応しないように前もって警告しておく。心の準備ができたら言ってくれ)」
龍之介とコウジは海底に立ったまま真顔でうなずき合った。龍之介は答えた。
「(よし、教えてくれ)」
「(お前たちはまだ海の底か?)」
「(そうだけど?)」
「(一旦、浮上してから教える)」
龍之介とコウジは怪訝な顔を見合わせると、ゆっくりと水面まで昇っていった。二人が水から顔を出したのが確認できたところで、源吾は文書を送った。
「(コウジの妹が来ている)」
その瞬間、コウジは踏みつぶされたカエルみたいな顔になった。口から海水を飛ばしながら、コウジは叫んだ。
「なんでだよ、源吾!」
「俺に向かって怒られても困る」
「ユズは今、どこにいるんだ?」とコウジは突っかかった。
「守と一緒だ。砂浜の俺のところに来ようとしているみたいだが、鉢合わせると面倒だから俺は逃げることにする」
「そうしてくれ」と龍之介は冷静に言った。
「なんで守と一緒にいるんだよ?」
「だから俺に怒らんでくれ」
「ちきしょう、あのバカ、あれほど言ったのに……、それに、なんて言って説明すりゃいいんだ」
パニックになっているコウジを察して、源吾は文書でこう伝えた。
「(とりあえず今は守に任せるしかないだろう。ここはお前の妹を巻き込まないよう、チーム一丸となってごまかすしかないな(笑))」
「笑ってんじゃねえよ」コウジは叫んだ。
一方の龍之介は冷静だ。
「コウジの妹の世話は任せたと、守に伝えてくれ」
「俺の妹に手を出したら殺す、とも言っておけよ」
「了解」
源吾は事務的に通信を切った。ただし、語尾に笑いを含みながら。
ユズと守が砂浜まで来てみると、さっき兄たちがいたはずのパラソルの下は別の家族連れに占拠されていた。
「あれ、みんなは?」
息せき切って駆けてきたユズは、ぜえぜえ言いながら辺りを見回した。優雅にくつろぐ人混みの中に、兄の派手なオレンジ髪はどこにも見当たらない。
「みんなどこかへ行っちゃったみたいだよ」
犬養守はユズの手を握ったまま言った。ユズが力いっぱい握ってくるので、離すことができずにいた。それがなんとも心苦しかった。
「お兄ちゃん、どこよ?」
ネビュラで直接呼びかけようとしているユズを、守はとっさに止めた。
「ユズちゃん、それはまずいよ」
「せっかく私が仲直りさせてあげようっていうのに」
「みんな、まだ怒ってるからさ、しばらく時間を置こうよ。せっかくだからブラブラしよう。ユズちゃん、お腹は空いてない?」
「空いてる」
恥も外聞もなくユズは答えた。お小遣いの節約のため、食費はギリギリまで切り詰めている。だから今日はジュース一杯しか口にしていない。
「さっきのエントランスのほうに美味いステーキ屋があるんだ。よかったら、そこで昼飯にしないか?」
ユズはパッと顔を輝かせた。
「するする! お兄ちゃん達には内緒だよ」
「もちろんさ」
ユズは守の手をさらにぎゅっと握りしめ、一向に離す様子もなく、もと来た道を引き返した。守はそろそろ手を離してほしかった。さもないと本当にこの子の兄に殺されるかもしれないと思った。
二つのモジュールが接合している衛星の中央部分には、ムーブメントを回転させるモーターと、衛星の中央制御室、そして宇宙船の発着場がある。そのエントランスにはたくさんのレストランとお土産の店が並び、ちょうど昼食どきということもあって大勢の人たちでにぎわっている。美味そうな匂いが辺りを満たし、歩いているだけでウキウキしてくる。ユズは軽くスキップしながら言った。
「もしかしたら、お兄ちゃんたちもご飯に来ているかもしれないね。どこかで会えるかな」
「それはご勘弁願いたいね」
守はおどおどしながらユズに手を引かれている。「ほら、あそこが例のお店だよ」
いくつか並ぶレストランの数軒先に、大きなステーキのオブジェが湯気を立ち昇らせながら立体で浮かんでいる店があった。その隣りの店の前では、負けじと大きなロブスターが空中でハサミと触角をわさわさと動かしながら無数の牡蠣と戯れている。
「私、牡蠣とエビ大好き」
「じゃあ、そっちにする?」
「ううん、ステーキも同じくらい好き!」
ユズはいたずらっぽく魅力的な笑顔で言った。守は胸がドキッとした。
中に入ると、流行りの店らしくお客が溢れていた。まるで丸太小屋のような内装だ。壁際の奥の席に案内され、テーブルに向き合って座ったところで、ようやくユズは手を離してくれた。
「どれを食べようかな?」
「まあ、ゆっくり決めなよ」
空中に浮かんでいるメニューを見ながら、ユズは目をキラキラさせている。それを眺めていたい気もするが、守には他にやることがあった。
守は何気なく壁に手を触れた。冷房で冷やされてひやりとしている。たちまちネビュラを通して、壁の向こうのムーブメントの情報が流れ込んできた。二つのモジュールを回転させる力強い動力システムは、人間の鼓動に似た規則的なリズムを刻んでいる。
その情報は、直接ネビュラを通して宇宙船技師の菊池源吾に送られる仕掛けになっている。さっきはユズに中断させられて、中途半端な情報しか送れていなかった。
「ねえ、守さん」
「なんだい?」
守はぎくりとした。また変なところで中断するところだった。
「私、すっごくお腹が空いているの。ちょっとびっくりするくらい注文するかもしれないけど、大丈夫?」
「いいともいいとも、遠慮しないでじゃんじゃん頼んでよ」
「へへへ、じゃあ、そうするね」
ユズはまたその釣り目を輝かせてメニューに釘づけになった。守はいろんな意味で心臓をドキドキさせながら、再び任務に戻った。
守を除いた龍之介たち四人は砂浜で合流した。パラソルは奪われてしまったので、熱い砂の上に直接車座になって、深刻な顔を突き合わせる。すぐそばを小さな女の子が通り過ぎようとしたが、怖がって泣きながら逃げていった。
源吾がみんなを睨みながら、無言で文書を送った。
「(守からの情報を分析してみたが、やはりこの衛星は深刻な不整脈に罹っているようだ)」
「(相当危ないのか?)」と龍之介。
「(元々、十分な性能を持ったモーターではないからな。俺たちが滞在中のこの三日間で機能を停止する可能性は十分にある)」
「(もしもムーブメントの回転が止まって重力がなくなったら、制御不能になった海水と人間がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって大変なことになる。事前に排水するか、人を全員脱出させるか、なんらかの手立てが必要だ)」
コウジが質問した。
「(隊長からは、何か連絡が来ているのか?)」
「(まだ何も。だが、あっちはあっちで動いてくれているみたいだが。ともかく俺たちは隊長の指示を待たなけりゃならない)」
「(待っている間に事が起きたらどうなる?)」と、今度は健太郎。
「(そのときは、俺の判断で行動する。まずは人命第一だ。とにかくやるしかない)」
龍之介がそう言うと、みんなは無言でうなずき合った。




