憧れの第十七小隊・1
悪いことが起こる前にそれを防いだ者は真の英雄であるはずだが、実際に英雄として称えられることはほとんどない。
これはそんな男たちの話。
夏木ユズは激怒していた。こんな約束違反は許されるべきではない。兄と過ごせる最後の春休みに、あれほど前から決めていた旅行の予定を、その直前になって反故にするなどということは、絶対にあってはならないことだ。ユズはこれから二年間、このクロノシティを離れてガラパゴスの人工島で暮らさなければならない。高等教育学校の通信士の専門課程で学ぶには、その必要があるからだ。
「私は絶対について行くからね」
「絶対にダメ!」
「なんでよう……」
泣きそうな顔で妹にすがりつかれて、夏木コウジはずきずきと胸が痛んだ。
すでに旅行の準備は済んでいたのだ。大きなバッグに五日分の着替えを詰め込んで、あとは港から出発するだけの状態だった。
「どうしてもお前を連れていくわけにはいかないんだ。この旅行で、小隊の今後の運命が決まるかもしれないんだよ。わかっておくれよ。今、解散の危機を食い止めなかったら、お前だって目標にするものがなくなってしまうんだぞ」
「そんなに仲が悪くなっちゃったの?」
「ああ」
コウジは妹のオレンジの髪を撫でた。彼自身も短く刈り込んだオレンジ色の髪で、一目で兄妹だとわかる。コウジは言った。
「急に予定を変えてごめんよ。どうしても今じゃなきゃダメだったんだ。本当にすまない」
ユズはたくましい兄の胸に顔をうずめて、うつむいたまま言った。
「私じゃ力になれない?」
「お前に頼めるようなことじゃないよ。これは俺たちが自分で解決しなきゃならないことなんだ」
「龍之介さんや、ロジャーさんだったら、私がいると喜んでくれると思うけどな」
ユズはひょいと顔を上げて、そのぱっちりした釣り目で兄の顔をじっと見つめた。コウジは決まり悪くて目を逸らした。
「ともかく、これは俺たち五人で解決すべきことなんだ。もしかしたら、殴り合いになるかもしれないしな。そんな危ないことに、お前を巻き込むわけにはいかないよ」
ユズは潤んだ目を伏せた。コウジは妹の頭を撫でて、ようやく身体を引きはがした。
皮肉なことに、これから兄が小隊の仲間と五人で仲直り旅行に行く場所は、ずっと前から妹と一緒に行くはずになっていたものと同じタイプのリゾート衛星だった。
その衛星は、最近盛んに増産が進められているスペースコロニーの一種で、クロフォード・ラグランジュ・リゾートという新興企業が所有している。「ロング・スター・シリーズ」と名付けられたそれらのタイプの衛星は、南国の海を再現したリゾート用モジュールと、分譲住宅のための居住用モジュールが二つ合体している。二つのモジュールは先端同士で繋がった二本の円筒で、接合部分にムーブメントを動かすモーターが設置されている。そのモーターが、二つのモジュールをそれぞれ反対方向に回転させ、遠心力によって重力を生み出す仕組みだ。モジュールはそれぞれ全長一キロメートル(つまり合計二キロメートル)、円筒の直径は二百メートルに及ぶ。このシリーズは現在、十二基がすでに運用されていて、さらにその二倍の数が建造中だ。
コウジはクロノ・シティの軌道港から一人で出発した。リゾート衛星は地球からおよそ四十万キロ離れた月の軌道上にあり、その間を無料のシャトル宇宙船が運行している。到着までは最短で十二時間を要する。
リゾート衛星に向かう船の中は、お金持ちの乗客でいっぱいだった。裕福な老夫婦や、品の良い親子連れが目立つ。コウジのような若い公務員の給料で、そう簡単に遊びに行ける場所ではない。兄妹二人きりの旅行をいかに妹が楽しみにしていたかを知っているので、コウジはずっと胸が痛んで仕方ないのだった。この埋め合わせはいつか必ずしなければならない。そう彼は誓った。
コウジの目の前に、その構造物が次第に姿を現した。それには「ヤング・ロング・スター」という名前がついている。
二本の円筒が繋がったリゾート衛星は、中心でそれぞれ反対方向にねじれながら回転している。円筒形のモジュールには縦にスリットが入っていて、全体を短冊状に四つに分割しており、細長いスリットからは太陽光を取り込めるようになっている。モジュールの片方は広大な海を湛えていて青く、接合部分を挟んだもう片方は緑豊かで色とりどりの屋根が点在するカラフルな景色だ。
シャトル宇宙船は、二つのモジュールの接合部分に向かって垂直に列をなし、順番を待って入港していった。近づくごとに、その構造物の巨大さを実感する。全長一キロメートルのスペースコロニーは比較的小ぶりな部類だが、それでもなお、人間が作ったものとしては常人の想像を軽く絶する。クロノシティのように後からごちゃごちゃ付け足して巨大になったものではなく、このヤング・ロング・スターは最初から美しく一体型のものとして作られているだけに、人の技術の偉大さをより強く感じさせられるのだった。スリットから覗く青い海は、地球で見るどれよりも透き通って感じられた。
待ち合わせ場所には、すでに第十七小隊の他のメンバーがそろっていた。
南国の音楽がかすかに流れ、波の音と人々の歓声が聞こえる。クロフォード・ラグランジュ・リゾート社の渋い紳士風の案内がネビュラを通してけたたましく話しかけてくるので、コウジは音量を絞った。
キャリーバッグを引きずったコウジは、リゾート用モジュールの広々としたエントランスの入り口で彼らと対峙した。誰も互いに目を合わせようとせず、口も利かず、どこからどう見ても気まずい雰囲気だ。
第十七小隊ブラボー・チームで救命医を務めるコウジの前に、四人のメンバーが立っている。
チームリーダーの三国龍之介、パイロットのロジャーこと山田健太郎、宇宙船技師の菊池源吾、そして、通信士の犬養守の四人だ。彼らはゆったりした半袖のカラフルなシャツと短いズボンを身に着け、足元はサンダル履きだ。
エントランスのど真ん中を彼らが塞いでいるので、その横を大勢の金持ちの人々が顔には出さない侮蔑を胸に抱きながら通り過ぎていった。彼らの目には五人の若者が品の悪い遊び人にでも見えているのだろう。
「ここじゃあ邪魔だから、場所を変えようじゃないか」
ようやく龍之介が口を開くと、みんなは無言でそれに従った。とてもリゾートを満喫しに来た連中には見えない。
目の前に、砂浜とサンゴ礁を抱え持つ南国の海が広がっている。地球のように水平線の左右が視野の端で下がるのではなく、逆にせり上がって、壁をぐんぐん上り、最後は天井で繋がっている。その天井でも多くの人たちが泳ぎ、砂浜でくつろいでいる。モジュール全体を四つの短冊状に分割するスリットには、細かな橋が渡されていて、そこを水の流れや人間たちが行き来している。ちょうど円筒の中心にあたる、頭上百メートルの位置に無数の鏡が浮かんでおり、スリットから取り込んだ太陽光線を眩く照り返している。影があらゆる方向に伸び、それはまるで青い万華鏡の中に放り込まれたような光景だ。
五人の中では龍之介とコウジがほぼ同じ平均的な身長だ。一番長身なのはパイロットの健太郎で、もう少しで受験資格を失う可能性が出てくる百九十センチの手前でようやく成長が止まったらしい。その代わり、横幅はそれほどなくほっそりとしている。一番小柄なのは通信士の守で、コウジより頭一つ分小さい。そして、縦も横もがっしりしていて巨体なのが宇宙船技師の源吾で、腕っぷしは一番強そうだし、顔つきもいかつい。
そんな五人が砂浜のパラソルの下でテーブルを挟み、沈鬱な顔を突き合わせている様子は、まるで敵同士のギャングの会合だった。
水着姿の魅力的なウェイトレスが、それぞれの飲み物を運んできた。コウジの目の前に置かれた、口の広いグラスの縁にはカラフルなフルーツが乗っていて、きらきらしたジュースはココナッツミルクをたっぷりと含んだ淡いピンク色だ。窮屈なシャトル宇宙船で出された得体の知れない飲み物とは比べ物にならない。コウジはストローにむしゃぶりつくようにして、ジュースをめいっぱい吸い込んだ。身体いっぱいに南国の甘さが広がる。
「うわあ、こいつは美味いや」
思わずはしゃいだ声を出したコウジを咎めるように、他の四人は重く咳払いした。
たちまちコウジも沈鬱な顔に戻る。
龍之介が口を開いた。
「俺の提案を飲んで、こうして集まってくれてありがとう。お互い言いたいことはいろいろあるだろうが、これから帰るまでの三日間、好きなタイミングで腹を割って話そうじゃないか。そして、できる限りしこりをなくしてから職場に戻ろう。俺はチームから一人も失いたくはない。今はわかり合えなくても、お互いに理解し合うよう努力すればいつか亀裂を埋めることができるだろうと信じている。君たちの意見はどうだい?」
一同はほんの瞬間だけ顔を見合わせ、まとまらない意見を胸の中で反芻するように目を伏せた。
すると、通信士の犬養守が、そのつぶらな目を泳がせながら、早口でぼそぼそと言った。
「この問題の一番の元凶は僕だってことはわかってる。人の価値観は不変のものじゃない。僕だって宇宙消防士になりたての頃は、これしか生きる道はないと思っていた。でも、時代が変われば人も生き方を変えるものさ。僕は自分たちばかりが我慢を強いられることにうんざりしているんだ。みんな宇宙で好きなことをやって、うんとお金を稼いで、自由に暮らしている。僕らは上司の命令に従って、安い給料で、規則に縛られた生活をしながら、自由に生きている人たちのために奉仕させられている。こんな不平等をただ納得しろと言われても、納得できるわけがないじゃないか」
健太郎が反論する。
「でも、僕らには誇りがある。宇宙消防士は尊敬される、やりがいのある仕事だよ。稼ぎはそこそこでも、僕は満足しているけどな」
コウジもそれに加わった。
「そうとも。こんなところで遊び呆けている成金連中なんか、誰からも尊敬されていないぜ。守はそんな連中が羨ましいのかい?」
「その尊敬が何を根拠に言っているのかがわからなくなってきたのさ。一方から見ただけで偉いだの偉くないだの言ったって、それはそれぞれの意見に過ぎないじゃないか。今はすごくチャンスの多い時代で、そのチャンスを見逃しながら偉そうな顔で人を見下す気分には、僕はなれないんだ。金儲けには金儲けの哲学があるはずなんだ」
龍之介がその後を受けて、強く詰め寄るように言った。
「だから、守は宇宙消防士を辞めたいのか?」
「まだはっきりと、そうとは言い切れないけど……」
守は目を伏せて口ごもった。
すると、ずっと腕組みをして黙っていた源吾が、重々しく言った。
「守には守の考えがあるだろうし、龍之介には龍之介の考えがあるだろう。ゆっくり時間をかけて話し合えばいい。結論を急げば間違いが起きる。今は自分の考えの根拠をじっくりと見直すときだ。自分が絶対に正しいとただ思っているだけじゃ話し合いになんかならん。だったら最初から殴り合いで決めればいい。だが、俺たちはそんなバカではないはずだ」
その真剣な話し合いを、ちょっと離れた席から盗み聞きしていた一人の女の子がいた。
兄に黙って別のシャトル宇宙船でやって来た、夏木ユズだった。やっぱりどうしてもおとなしく留守番している気にはなれなかったのだった。しかし、まさかここまで重い話になっていようとは思わなかったので、自分がパーッと盛り上げてやればみんな上機嫌で仲直りするだろうと軽く考えていたことを、今になって激しく後悔し始めた。
さて、ここからどう手をつけたものだろう?




