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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第六話「結成!ブラボー・チーム(後編)」
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結成!ブラボー・チーム(後編)・3

 こうして飛んでみると、ガラパゴス人工群島は広大だ。人工島の数は何百とあり、世界中の国々がこの海域にドーナツ状に集まって、小さな地球を形作っている。その中心には半径五キロの何もない飛行禁止区域があって、そのど真ん中に宇宙の入り口となる、宇宙エレベーターの地上港(グラウンド・ポート)がある。


 華たちの乗るマジック・カーペットは、飛行禁止区域を大きく迂回して、二番目に大きな人工島である中国区を目指している。

 華はネビュラの時計を見た。まだ午後三時前。ガラパゴス日本区航空宇宙消防本部に五人そろって出頭しなければならない午後五時にはまだまだ余裕がある。日本区は中国区の隣りなので、五人目を無事に拾いさえすれば、ほとんど時間はかからない。


 しかし、こういうときにこそ華は嫌な予感がする。

 華はちらりと隣りの妙子を見た。彼女はギュッと目を閉じて必死で恐怖に耐えているところだ。相変わらず横顔が美しい。鼻から唇のラインが美しい。風に揺れるポニーテールや、真っ白なうなじが美しい。せっかく落ち着いているのに邪魔をすると悪いので、代わりに華は前の座席のしのぶに話しかけた。猛烈な風で声が聞き取りにくいから、ネビュラ越しに囁く。


「ねえ、しのぶさん」

「なんだい?」

「今日は人工衛星が降ってくる予定なんかないよね?」

「急に何を言い出すんだよ」

 とは言いつつも、しのぶも同じような予感があるらしく、国際航空宇宙管制局にアクセスしてみる。「大丈夫みたいだ。デブリの衝突もないみたいだし、月からの貨物が軌道を外れたりもしていない」

「じゃあ、大丈夫だね」

「念のために、中国区の情勢も調べてみようか」

 しのぶはネビュラで中国区のニュースをざっとチェックした。お祭りとか暴動とか伝染病とかで街が封鎖されたりもしていないようだ。


 華の不安は尽きない。

「でも、もしかしたら、次の子が事故に巻き込まれていたり、あるいはお金持ちの御曹司に見初められて、出発を引き留められていたりするかもしれない……」

 それにはさすがのしのぶも吹き出した。

「そこまで心配するなら、五人目に連絡を取ってみたらいいじゃないか」

「そうだね、そうするよ」

 華はダイレクト・モードで五人目と繋がった。そのモードだと、相手と自分の姿をお互いに見ながらやり取りすることになる。

 五人目の姿が、華たちの斜め前の空間に等身大で浮かび上がった。


 その五人目、夏木(なつき)ユズは、今まさに赤いチャイナドレスを身にまとい、頭に二つのお団子を作ろうと、(華たちには見えない)鏡の前で格闘しているところだった。

「うわ! びっくりした」

 両手を上げて驚いたユズの手から、お団子がぽろりと転がり落ちた。オレンジ色のショートヘアは、元からお団子にできるほど長くない。彼女は愛梨紗ほどではないが小柄で、猫のような釣り目をして、いたずら好きな子供のような風貌だ。


「こら! 夏木ユズ!」華は叫んだ。

「はい、なんでしょうか?」

「変な格好していないで、早くそこから外に出なさい。約束の待ち合わせ場所にさっさと行くの」

「だって、せっかくだからご当地の味を出したいじゃない」

「出さなくていいから、宇宙消防士の制服にしなさい」

 華は、肩章入りの白いシャツと臙脂のネクタイ姿の自分を指さした。「こういうのでいいの」


 ユズは素直に従い、わざとらしくしゃちこばって答えた。

「わかりました、リーダー殿」

「よろしい」

 しかし、接続を切る前に、ユズは両手を振って、せっかくのチャイナドレスをみんなに見せつけた。特に愛梨紗が「かわいいねー」と言って手を振り返してくれたので、ユズはご満悦だ。

 華は強制的に接続を切った。それから、深い溜息をついた。

「まさか、あんなにお調子者だとは思わなかった。なんだか先が思いやられるなあ……」

「楽しそうな奴じゃないか」

 しのぶは笑っている。


 華は、隣りの妙子を見た。相変わらず目を閉じて必死に恐怖に耐え、今のやり取りにまったく気づいていなかった様子なのが、華には面白かった。

「愛梨紗」

 と、華は呼びかけた。「これから青龍タワーっていうところに向かってくれる? そこの屋上でユズを拾うから」

「うん、わかった」

 愛梨紗は見えない操縦桿を両手で操作した。ぐっと身体が横に振られたので、妙子がびくっとして小さく悲鳴を上げた。



 斜めに傾いた中国区の市街地を背景に、そびえたつ青龍タワーの先端が近づいてくる。

 旋回しているマジック・カーペットは、貨物用のドローンや小型旅客機の群れに紛れながら、徐々にその距離を詰めていった。タワーの先端には、アサガオの花が巻き付くように、いくつもの円錐形の展望台があって、そこに航空機が発着できるようになっている。

 愛梨紗はタワーの管制官の指示に従って、ゆっくり飛びながら着陸のタイミングを待っている。

「そろそろ着きそうなの?」

 ここまで来ると、ようやく妙子も少しだけ周りを見回す余裕が出てきたようだ。


 華は展望台をズームして、人混みの中に夏木ユズがちゃんと到着していることを確認した。そのオレンジ色のショートヘアは、遠くからでも見分けがつく。言われとおりに白いシャツとオレンジのネクタイを着けて、水色のスラックスを穿いている。もしも事前に話をしていなかったらチャイナドレスで現われていたかもしれないと思うと、華はぞっとした。

「ユズ、迷わないで来れるなんて、感心じゃない」

「当然ですよ、リーダー殿」

 ユズの返答はいちいち鼻につく。

「今からあんたを拾うから、そこで待っていなさいね。すぐに消防本部に向かうよ」


 管制官の指示を受けて、愛梨紗が着陸態勢に入った。旋回している他の航空機から離れて、展望台に向けて垂直に降りていく。

 展望台では、ユズがぽかんと口を開けてマジック・カーペットを見上げている。そのすぐ横で、航空機誘導員が両手に持った棒を振っている。

 華は、これで五人目を無事に確保できると安心しきっていた。


 そのとき、案の定、それは起きた。

 あと十メートルほどで展望台に着陸するはずだった、その瞬間、マジック・カーペットが真下から、猛烈な勢いで何かによって突き上げられた。金属が折れ曲がる、鈍い嫌な音が聞こえた。華の首ががくんと揺れて痛みが走った。真っ黒な煙の塊が周囲に立ち込め、息が詰まった。最初、愛梨紗が距離を見誤ってどこかに衝突したのかと華は思ったが、しのぶが発した一言で、何が起きたのかがわかった。


「撃墜されちゃった。ちきしょう、下から狙われていたんだ!」

「撃墜って、誰から?」と華も叫ぶ。

「たぶん、この船が欲しい誰かだよ。珍しい技術の塊だからさ。こんなことなら、自慢げに論文なんか発表しなきゃよかった」

「やーん、舵が利かんと」

 愛梨紗が見えない操縦桿をがちゃがちゃやっている。

「え? なに?」と、妙子もわけがわかっていない。


 マジック・カーペットは煙に包まれ、かろうじて推力を保ったままタワーから離れて、ゆっくり斜めに落下を始めている。

「華、何が起きたの?」

 と、ユズが心配そうに呼びかけた。華が答える。

「ユズ、下からどう見える?」

「煙がいっぱいで、何も見えないよ」

 展望台では、搭乗を待っていた人々や観光客たちがパニック状態で右往左往している。ユズも、誘導員から避難するようにと手を引っぱられた。


 こういうときでも、しのぶはどっしりとして冷静だ。

「みんな、心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと安全基準に従って、緊急脱出装置を備えてあるから。みんなもパラシュート訓練は受けているよね?」

「うん」と華はうなずいた。

「大丈夫だよー」と愛梨紗。

「私、やってない!」と妙子は叫んだ。


 しのぶは肩をすくめた。

「やれやれ、まったく世話の焼ける人妻だなあ」

 マジック・カーペットは、中国区の市街地へと次第に加速しながら落下していく。

「妙子のパラシュートは私が操作するから、妙子は足元だけ怪我しないように気をつけてよ」

 パニックを起こしている妙子の手を、華はぎゅっと握った。

「大丈夫だよ、妙ちゃん。しのぶさんがなんとかしてくれるって」

「うん、わかった」妙子は息も絶え絶えだ。

「よし、みんな、舌を噛まないようにね。行くよ!」

 しのぶの合図で、みんなの座席が一斉に火を噴いて飛び上がった。


 市街地の空に乾いた音が次々と響いて、五つのパラシュートが開いた。それぞれが風に流されて、てんでバラバラに遠ざかっていく。ひときわ大きなパラシュートは、その下にマジック・カーペットの本体をぶら下げている。

「私の船を盗られてたまるもんか」

 しのぶは、執念でパラシュートを操作して、マジック・カーペットの後を追った。


 華はユズに呼びかける。

「ユズ、あんたはそこでじっとしていて。これからみんなで青龍タワーに向かうから。余計なことしないで、みんなが来るまで待つんだよ」

「お言葉ですが、リーダー」

 ユズは言った。「素人がこの街を迷わずに歩くなんて無理だよ。迷路なんて生易しいもんじゃないよ。絶対に時間が足りなくなるから」

「タワーはどこからでも見えるし、ネビュラの地図だってあるじゃない」

「ネビュラがあっても無理なの」

「それでも、なんとかするしかないよ」


 思いつめて歯を食いしばる華に、ユズは明るい声で言った。

「私に任せて。通信士としての夏木ユズの腕前を見せつけてやるんだから。私の言う通りにすれば、時間内にみんなをタワーまで集合させられるよ」

「本当に?」華は半信半疑だ。

「私を信じなさい」

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