イヤイヤ期・1a
双子のスター・チャイルドが自分の力で歩けるようになる日をあんなにも待ち望んでいたというのに、その後に待ち受けていた現実は期待とはまるで正反対の過酷なものだった。
「そっちにはいなかったか?」と黄明和尚。
「まるで影も形もないよ」と八海さん。
黄明和尚が納屋のガラクタをひっかきまわして外に出てくると、その隣りにそびえる二台の堆肥製造マシンの下から八海さんが這い出してきた。二人とも藁クズやら土やらを頭から被って、服もあちこち破れている。
「いよいよ本格的に脱走したかな」
和尚は今からベル・タウン・タイムズに電話をして、大々的な人探し広告を出してもらおうかと本気で考えた。金ならいくら出してもいい。会社がごねるなら自腹を切ってもいいとさえ考えた。スター・チャイルドたちの取材は断固として拒否したが、この際過去のことは水に流して、新聞社の連中に頭を下げてもいいとさえ思った。
駆けつけてきた三人のレンジャー隊員たちは、作業着の上にプロテクターを着け、小銃を装備して、来たる戦闘の可能性に備えている。
「誘拐の可能性もゼロではありませんから、われわれに出来ることはすべて試してみるつもりです」
風間俊樹三等宙尉は、二人の部下と共にネビュラを使って双子の生体反応を探った。
双子の服にはあらかじめ小型カメラが仕込まれていて、その映像は黄明和尚の書斎の録画機に逐一記録されている。古ぼけたアナログな機械だが、それで足取りを探れば一網打尽だと誰もが思っていた。その分析のために二階にこもっていた五条さんが、がっくりと肩を落として宿舎の裏口から現れた。
「ダメだったか」
黄明和尚が声を掛けると、五条さんは苦笑いしながらうなずいた。
「あっちのほうが何枚も上手だった。カメラは近所の飼い猫に仕掛けられていたよ。途中まではこれを追っていけば今の居場所がわかると思って観ていたんだが、急に屋根の上に登りだしたりしたんで、いっぱい食わされたとわかったんだ。おかげで時間を無駄にした」
「それはあいつか」
和尚の視線の先には、逆さの鐘の内側に沿ってぐっとカーブを描いて頭上へと曲がっていく草むらと赤土のまだらの土地があり、白い漆喰の壁と茶色い屋根を持つ民家が斜め上方にひっくり返って建っている。その屋根の上で毛づくろいしている猫の首輪に、双子のどちらかに着けておいたカメラが仕掛けられていた。
「カメラはもう一つあるはずなんだがな」と和尚。
「もう一台は私のお尻にくっついてたよ」
と、三国樹雨が舌を出しながら厩舎から現れた。「さっき座ったら壊れちゃった」
差し出された樹雨の両手の上には、すっかりぺしゃんこになったカメラの残骸が悲しい姿をさらしていた。
「そんな近くまで来ていたのに気がつかなかったのか」
非難するような和尚の視線を受けて、樹雨はむっとしたように頬を膨らませた。もともとの丸顔がさらに丸くなった。
「毎日どんどん賢くなってるんだから、家に柵をつけようってずっと言ってるじゃんか」
「動物じゃないんだから、きちんと言葉で躾けるのが先だろうが」
「それで行方不明になられたら元も子もないでしょ」
「じゃあ、紐でも付けておくのか?」
「必要ならそうするよ」
「生体反応がありましたよ、お二人さん」
言い争いをしている和尚と樹雨の間に、風間リーダーが割り込んだ。
「どこだ?」
和尚は風間リーダーの顔にぐっと自分の顔を寄せた。そうすれば双子たちの手掛かりがわかるとでもいわんばかりに。
「そんな私の目を覗き込んだって、ネビュラの中までは見えませんよ」
樹雨は、「そら見たことか」という、優越感の混じった冷たい眼差しを和尚に向けた。
「だからネビュラを始めなさいって、ずっと前から言ってるでしょ」
風間リーダーは樹雨と軽く手を触れ合わせて、双子の生体反応のデータを共有した。あまりがっちり手を触れにこないのは控えめな風間リーダーらしかった。
そうして、双子の行方がようやくわかった。
「こりゃあ、一回デイトン先生に診てもらわなきゃいかんな」と和尚。
「予防接種は全部終わったんだから大丈夫でしょ」と樹雨。
「いやあ、どんな病気が隠れているかわからんからな。二歳児くらいだと、まだまだ免疫も未発達なんだぞ」と五条さん。
「とにかくまあ、見つかってよかった」と八海さん。
アカネとカエデは、牧草地のど真ん中にいた。草の上に横たわる、ふわふわの雌の羊のお腹に包まれて、気持ちよさそうに眠っていた。
アカネは赤毛の髪が長く伸びて、頭の左右でツインテールにまとめてある。カエデは青みがかった黒髪を頭のてっぺんで一つにまとめて、まるで殿様のちょんまげみたいにしてある。
この双子は、おとなしくしてくれていれば、どこからどう見ても天使なのだが、いったん動き始めると、とんでもない悪魔の化身になるのだ。




