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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第五話「結成!ブラボー・チーム(前編)」
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結成!ブラボー・チーム(前編)・4

 道子によって大気圏の外へ押し出された黒い遭難船は、ただちにアメリカ宇宙軍によって回収された。それは極秘裏に行われた。

 船の先端部分から発せられていた三つの生体反応はダミーだった。実際は完全な無人で、遠隔操作によって運航していた軍用の船だった。当時、ロシア・中国との強い緊張状態にあったアメリカの要請で、密かに航空宇宙自衛隊が配備していたレーザー兵器が、その積み荷の正体だった。宇宙から都市を破壊するためのその兵器は、自衛隊の理念に反する、本来あってはならないものだったので、その存在が明らかになったのは、その事故から数十年が経った、つい最近のことだった。



「近年、情報公開が進んで、私たちもその詳細を知ることができるようになりました」

 カガロフスキー飛行教官は話を続けた。「レーザー兵器には、長い間ブルーミング現象という技術的な壁がありましてね、宇宙から大気を貫いて目標を破壊することは大変難しかった。レーザーが大気を温めて膨張させてしまい、目標に達する前に屈折してしまうからです。ところが黒い遭難船に積まれていたレーザー兵器はその問題を克服していた。だから、それをなんとしても墜落から守る必要があったのです。技術を敵国に知られないために」


 黙って聞いていた華が、ここでようやく口を開いた。

「でも、必死で守ったものが人じゃなくて兵器だったなんて、ひどすぎます。愛梨紗のおばあちゃんは、それを知らないで亡くなったんでしょう?」

 教官はうなずいた。

「誰も知ることはありませんでした。当時、それを知っていたのはごく一部の人間だけです。道子の上官でさえ、細かいことは知らされていませんでした。道子の死は単独の事故として扱われ、その事故の存在すらなかったこととされてきたのです。記録の上での道子は、ある日突然、理由もなくいなくなったのです」


「そんなの、家族が納得できるわけがないです」華は言った。

「その通りです。道子の夫は真実を明らかにするよう、自衛隊や政府に何度も訴えました。マスコミにも協力を頼みました。しかし、その訴えは大きな力によって退けられたのです。当時は戦争前夜の緊張状態にあって、誰も事を大きくしたくなかったというのも理由の一つです」


「愛梨紗さんは、いつそれを知ったんですか?」今度は妙子が訊いた。

「物心ついた頃には知らされていたようです。あの子はあの子なりに整理を付けたかったのでしょう。祖母と同じパイロットの道を選んで、当時の祖母が何を考えていたのか知ろうとしているのです。愛梨紗はとても大胆なパイロットになりました。死を恐れない、むしろ死に急いでいるような鬼気迫る飛び方をするのです。指導のために一緒に乗っていた私も、何度も肝を冷やしましたよ」

 カガロフスキー飛行教官はようやく表情を緩めた。恐ろしい生徒にひどい目に遭わされた記憶が蘇ってきたのか、大きな肩をすくめて笑った。

 華と妙子もつられて少し笑った。


 そのとき、カフェの外からキーンという、大気を貫く音が近づいてきた。

「ちょうど帰ってきたようですよ」

 次の瞬間、雷が落ちたような衝撃音がカフェ全体を激しく震わせた。屋根も窓ガラスも全部吹っ飛ぶのではないかと思うほどの猛烈な音だった。華はこれを、おじいちゃんの町に人工衛星が落ちてきたときに聞いたことがある。ものが音速を超えたときに発する、ソニックブームという衝撃波だ。

「まったくあいつは、いつもいつも無茶ばかりしやがる」

 天井を見ながら文句を言っている教官は、言葉とは裏腹に、晴れ晴れとした笑顔だった。

「さあ、行きましょうか」

 教官の後を追って、華と妙子もカフェの外に出た。



 雲ひとつないガラパゴスの空を、二機の戦闘機が飛んでいた。白い機体の翼の前半分だけが、それぞれ赤と青に色分けされている。赤いほうが青いほうを後ろから追いかけ、強風で吹き散らかされる木の葉のような軌道で、空いっぱいを縦横に切り裂いていた。

「どっちが愛梨紗の飛行機なんですか?」

 騒音に負けない大声で、華は訊いた。

「後ろにぴったりくっついている赤いやつです。あんなのにくっつかれたら、私はもう降参ですよ。撃墜される前に気を失っちまう」


 三人が立っている広い滑走路の真上すれすれを、二機が飛び過ぎていった。その瞬間、またあの衝撃波が発生した。妙子がびっくりして、整備車両の後ろに逃げ込もうとした。

「妙ちゃん、怖いの?」

 笑って訊いてくる華を、しゃがんでいる妙子は恨めしそうに見つめた。

「だって、今にも落ちてきそうじゃない」


 カガロフスキー飛行教官は別の心配をしているようだ。

「さっさと勝負を決めないと、こんなところでうろうろしてたんじゃ危なくってしょうがないな」

 教官が気にしているのは、宇宙エレベーター基地が置かれている、ガラパゴス人工群島の中心の方角だ。宇宙エレベーターの周辺は飛行禁止区域になっていて、半径五キロ圏内に侵入すると警告なしでミサイルが飛んでくる決まりになっている。

 ところが、愛梨紗はそんなことはお構いなしで、むしろ見ている人間をからかうように、飛行禁止区域ギリギリまで追いかけっこを展開していた。


「カガロフスキー飛行教官!」

 と、訓練施設の職員が駆け寄ってきた。「たった今、宇宙エレベーター地上港管制センターから苦情の連絡がありまして、あの二機の飛行をやめさせろ、とのことです」

 それを聞いて、教官は大笑いした。

「なあに、そろそろ限界さ」


 追いかけられているほうの青い翼の戦闘機が、滑走路に向かって近づいてきた。なんとか諦めずにしのぎ切ろうとしているのか、アフターバーナーの炎を噴射しながら頭上を通過した。また、あの衝撃波が起こり、妙子がしゃがみこみ、華がくすっと笑った。

 愛梨紗が乗っているほうの戦闘機は、まったく距離を変えないままで前の機体にくっついている。

 やがて、遠くのほうで、ようやく二機は減速した。勝負がつかないまま、燃料が切れたようだ。

「まったく、この学校はああいう奴らばかりですよ」

 教官は嬉しそうに言った。



 エンジンが止まった戦闘機から、パイロットが降りてきた。教官に手伝ってもらいながら地上に降り立った佐藤愛梨紗の姿を見て、華は「おや?」と首を傾げた。

 実は、ここがロシアの人工島ということもあり、彼女が向こう見ずで自暴自棄ともとれる大胆なパイロットであるということも手伝って、華は勝手なイメージを抱いていた。愛梨紗は氷を全身にまとったようなスマートな長身で、ほとんど真っ白に近いような長い金髪を持ち、氷のような切れ長の青い目で世の中を冷めた思いで見通しているような、そういうイメージだった。そもそも愛梨紗が日本人だということを忘れていた。


 ところが、それにしても、目の前にいるパイロットは、ヘルメットの大きさに対する身体の大きさが、あまりにもちんちくりんなのだった。横に並んだ教官と比べても、大人と幼児くらいの差がある。

 ヘルメットを脱いだ愛梨紗の素顔を見たとき、華と妙子は思わず息を飲んだ。髪をふわりと左右に分けて緩やかな三つ編みにした愛梨紗は、同い年とは思えないくらいに、ほとんど子供みたいだった。目鼻の造作もすべてまったく子供みたいだった。


 愛梨紗は教官に促されて、華たちのそばに小走りで寄ってきた。そして、ロシア語で言った。

「あ、どうも、お待たせしました。佐藤愛梨紗です」

 その声はちゃらちゃらと鳴る鈴のようだった。華と妙子は、それぞれ名を名乗りながら、愛梨紗と握手をした。愛梨紗の手があまりにも小さくてか弱そうなので、妙子は思わず抱きしめていい子いい子してあげたくなったが、それを必死でこらえた。

 こんな小さな子が、幼少の頃から大きな過去を背負って苦しんできたのだと思うと、いたたまれなくて、言葉も出ない。


 そうやって華と妙子がじっと自分を潤んだ目で見つめているので、愛梨紗はすぐに状況を察した。

「教官、また余計なこと話したでしょ」

 と、低くロシア語で言った。

「うん」カガロフスキー教官は素直にうなずいた。

「余計なこと話すから、私がいつも死に場所を探しているような危ない人間だと思われちゃうんだよ」

「話しても話さなくても、お前はいつだって危ないじゃないか。先に理由を知っておいたほうがいいと、俺は思うがね」

「私は自棄(やけ)を起こして飛んでいるわけじゃないの。私、さっきわかったんだ。おばあちゃんが最期に何を考えていたのか」


「ほう、今になって、やっとわかったのかい?」

「ずっと前からそんな気はしていたの。それで、さっきニコライを追っかけていたときに、はっきり間違いないとわかった」

 さんざ追っかけられて疲れたニコライは、滑走路の端で干物のように倒れている。

 愛梨紗は、華と妙子に向き直った。そして、ロシア語で言った。「ねえ、二人も聞いてくれる?」

「もちろん」

 と、二人は何度もうなずいた。


 愛梨紗はロシア語で語った。

「おばあちゃんは、三人の命を助けるために、自分の命を捨てたわけじゃないんだよ。それだと、おばあちゃんが死んだのは、まったく無駄だったことになってしまう。真実を隠して兵器を守らせた政府が一番の悪者ってことになっちゃう。私は誰も恨んでいないの。日本もアメリカも恨んでいない。恨みを晴らすためにロシアの学校でパイロットになろうとしているんじゃない。ここには命知らずな人たちが大勢いるから、私はここを選んだだけなんだ。おばあちゃんだって、誰も恨んでいないと思う」


 カガロフスキー教官は微笑んだ。

「それで、お前のおばあちゃんは最期に何を考えていたのだと思う?」

「おばあちゃんは、飛びたかったの。ただ飛びたかったの。飛ぶ理由があれば、どこへだって行ったと思う。落ちそうな船に乗っているのが人間じゃなくて兵器だと最初から知らされていたって、おばあちゃんは飛んだはずだよ。私も、ただ飛びたいから飛んでいるんだよ。自分の限界を広げて、もっと速く、もっと正確に、思いのままに飛びたいと思うのが、パイロットっていう人たちなんだよ。そうでしょう? 教官」

「ああ、そうだな」


「だからおばあちゃんは、最期に思いっきり飛べて満足だったのだと思う。ただ、自分が死ぬとは最後の最後まで考えていなかったんじゃないかな、とも思う。ただ飛びたくて、限界を超えることに挑戦したかったんだよ。夢中になっているうちに、船が壊れていることに気づいて、それでやっと、あのメッセージを残したんだと思う」

 愛梨紗はその声を直接聴かせてもらうことはなかったが、聴いたことのある人たち誰もが口にするのは、道子の声はとても落ち着いていて、まったく死にゆく人のものとは思えなかった、ということだった。


 うんうんとうなずいて聞いている華と妙子に、愛梨紗はロシア語で言った。

「だから、私のことは怖がらないでね。私、そんな危ない人間じゃないから」

「うん、わかった」

 華と妙子は、もう一度愛梨紗の手を握った。今度は憐れみではなく、新しい仲間を迎えるための握手だ。


「でも……、ちょっと訊いていい?」

 華は、さっきから疑問に思っていたことを、とうとう我慢しきれなくなった。「どうして愛梨紗は、日本語で喋らないの? 忘れちゃったの?」

 すると、愛梨紗は急にうつむいてもじもじし始めた。それから、初めて日本語で、こう言った。

「あたしね、福岡からすぐこっちに来たけん、標準語に直す暇がなかったと。だけん、日本語で喋ると、ばり訛っとーとよ」

 それは、妙子も思わず鼻息を荒くするほどのいじらしさだった。

次回、第六話「結成!ブラボー・チーム(後編)」

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