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ガラパゴス・ガーディアンズ こちら航空宇宙消防本部第十七小隊  作者: 霧山純
第五話「結成!ブラボー・チーム(前編)」
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結成!ブラボー・チーム(前編)・2

 その日は朝からばたばたと忙しかった。午前中にも、アパートに大事な客が訪ねてくる予定だった。そして、その日はオットーと妙子が一緒に過ごせる最後の日でもあった。

「忘れ物はないかい?」

 エプロン姿のオットーは台所から声をかけた。フライパンの上ではソーセージとじゃがいもが美味そうに炒められているところだ。油が飛ぶのが嫌なので、丸眼鏡は外している。


 麗しい妙子は意外にもあわてん坊で、ポニーテールにまとめた髪を激しく揺らしながら部屋中を走り回っている。身体にぴったり合わせた白いニット(通気性に優れた新素材でできている)と青いジーンズを穿いた、スマートなスタイルだ。

「ええと、あれとあれは入れたし、あれはこれから入れるところで、あれはとりあえずあそこに置いといて、あれとあれをあれと一緒にあれして……」

 わけのわからないことを言っている妙子を、オットーは微笑ましく見つめた。

「忘れているものがあったら、あとから僕が送ってあげるよ」

「そんな、あなただって忙しいでしょう?」

「朝食を食べる時間がもったいないからさ」

「でも、学校の人たちにだらしない奴だと思われたくないし」

 オットーはそれ以上しつこくせず、朝食の準備に戻った。


 山のようだった荷物をキャリーバッグに奇跡のように詰め込んだところで、二人は朝食をとった。

 ダイニングテーブルに料理が並んだ。メニューは特別変わったものにはしなかった。いつもと同じ、ソーセージとじゃがいもをコンソメのスープで煮たものと、山盛りのザワークラウトと、黒いライ麦パンだ。

 硬いライ麦パンをスープで浸して、お互いに食べさせ合うのが、二人だけの密かな楽しみだった。


 ちょっと酸味のある、彼の作ったドイツ料理の味が、この二年間のガラパゴスでの留学生活を妙子の脳裏に蘇らせた。

「妙子、泣いているの?」

「ごめん」

 彼が渡してくれた大きなタオルで、妙子は目を拭った。しばらく涙が止まらなかった。

「つらいことも多かったし、勉強はいつも大変だったけど、あなたがいてくれたおかげで、ここまで来れたんだよ」

「それは僕だって同じさ」

 オットーは妙子の肩を抱いて引き寄せた。お互いの頭を擦り付けて、そのぬくもりを惜しみ合った。


 妙子は心の中を整理して、なんとか気持ちを奮い立たせた。

「ねえ、オットー」

「なんだい?」

「話しておきたいことがあるんだけど」

 それは彼も覚悟していたことだった。

「僕も、君に話しておかなければならないことがあるんだ」

「うん、わかってる」

「その前に、スープが冷めないうちに食べてしまおうよ」

 二人は、なんとなくぎこちない気持ちで朝食の残りを片付けた。せっかくの最後の食事が味気ないものになってしまった。二人でいられる時間も刻々と失われていく。どうしても処理しておかなければならない大きな問題が、妙子とオットーの間に横たわっていた。どうしても、これを放り出したままにしておくことはできない。


 大きなソファーに移り、二人は並んで座った。オットーは左腕に妙子を抱いた。

 妙子はオットーの肩に頭を乗せて、幾晩も考えて出した結論を打ち明けた。

「私は、あなたの子供を自分で産みたいと思う。他の何ものにも頼らないで」

 オットーは、丸眼鏡の向こうで目をぱちくりさせて、妙子の顔を見つめた。みるみる彼の顔に安堵の微笑みが浮かんできた。

「本当かい? それじゃあ、代理母ロボットは必要ないんだね?」

「私、やっぱり信用できないの。どんなに人間そっくりに作ったって、人間と似たような環境で育てたからって、しょせん人間が作ったものだもの」

「僕も君とまったく同じ意見だ。人間の解明できていないものが、まだこの世界にはたくさんある。僕がネビュラと脳を接続したくないのはそれが理由さ。人間は機械で脳を拡張したつもりかもしれないが、それによって自力で切り開ける未来を失っている可能性もあるからね」


 妙子は、探るようにオットーの手を握って、こう言った。

「その代わり、子供を産めるのはうんと先になるけど、それでもいいの?」

「それは仕方がないよ。君の職場は激務だし、若いうちはとにかく仕事に打ち込んだほうがいい」

「もしかしたら死ぬかもしれないし、子供が産めなくなるような大怪我をするかもしれないし、それでなくても放射線の影響を受けるかもしれないんだよ。それでも待てる?」

 オットーは、妙子の美しい顔を見つめた。

「待つさ」

「本当に待てる?」

「君は余計な心配をしないで、仕事に集中して、なるべく危ない目に遭わないようにしなくちゃならない。宇宙消防士は死ぬことが義務じゃないだろう?」


「もちろん、死ぬために行くわけじゃない。でも、念のために卵子は残しておいたほうがいいと思うの」

「君が死んだ後で、僕がその卵子で子供を作るのかい?」

「念のためよ」

「その受精卵は、代理母ロボットで育てるのかい?」

「うん……」

 妙子はうつむいた。それ以上のことは、だんだんと考えるのが難しくなってくる。

「君は卵子ではないし、産む機械でもない。君が母としてすべてに責任を負えない状態で、僕がどうこうするつもりはないよ」

「じゃあ、子供は諦めるの?」

「諦めたくはないが、変にじたばたするつもりもない。代理母ロボットなんて、もってのほかさ」

 オットーは、嫌悪感をむき出しにして吐き捨てた。あの三体の間の抜けたロボットの顔を思い出すと、強い吐き気を覚える。


「でも、やっぱり卵子は念のために残しておきたいと思うの。将来、どう考え方が変わるかわからないもの」

「君がそうしたいと思うなら、そうしておけばいいさ」

 二人は見つめ合った。これで言いたいことはすべて言った。意見に大きな食い違いはないはずだ。

「それじゃあ、あのパンフレットは処分してしまおう」

 立ち上がろうとしたオットーの腕を、妙子は強く引っ張った。そして、ぎこちない笑顔で言った。

「一応、とっておいてよ」

 一瞬、オットーは「なぜ?」という顔をしたが、すぐに首を小さく横に振り、うなずいた。

「わかった」


 座り直したオットーは、妙子の細い身体をぐっと引き寄せた。妙子はされるがままに身体をくっつけた。さっきまでは気がつかなかったお互いの匂いを、すぐそばに感じた。

「お客さんが来るまで、あと、どのくらい時間がある?」

 オットーが尋ねた。妙子はネビュラの時計を見た。

「あと三十分くらいかな」

 握り合った二人の手が、だんだんと燃えてきた。



 呼び鈴が鳴った。

 妙子がネビュラを通してドアの向こうを窺うと、話に聞いていた通りのお客がそこに立っていた。久しぶりに同じ日本人を見た気がして、妙子は逆に緊張がほぐれた。

「はじめまして、桃井(ももい)はなと言います」

 くりくりっとした目の、ショートカットの女の子が、元気よく挨拶した。彼女は宇宙消防士候補生の水色の肩章のついたワイシャツに、臙脂のネクタイを締め、水色のスラックスを穿いている。


「お待ちしてました。天野妙子です」

 白いニットとジーンズ姿のスレンダーな美人を見て、華は思わずカチコチになった。

「びっくりした……。すごく、お綺麗ですね」

「これから一緒に働くんだから、変に固くならないで」

 妙子は小声できっぱりと言った。

「妙子、荷物は全部持ったかい?」

 部屋の奥から、金髪の男性がドイツ語で話しかけてきたので、華はぎょっとした。彼は肌の上に直接シャツを着ているが、その胸は一本の毛もなくつるつるだ。男女が共に暮らすプライベートな空間を見せつけられて、なんだかこっちが失礼している気分になる。


「ちゃんと持ったよ。オットーもこっちに来てご挨拶して。これから私の上司になる人なの」

「上司だなんてとんでもない。一応同じチームのリーダーっていうだけだよ」

 両手をぶんぶん振って否定する華のところへ、オットーがずんずん近づいてきた。

「どうも、オットー・ハイネマンです」

 それは意外にも流暢な日本語だった。差し出された大きな手を、華は握った。彼は小柄なのに手だけは大きかった。

「彼は私のフィアンセ……、じゃなくて、今日から私の夫になった人なの」

 妙子の左薬指にプラチナの指輪が輝いていることに、そのとき華は気づいた。



 カフェの屋外テラスのテーブルで、華と妙子は向き合った。昼食前の時間で、だんだんとドイツ人のお客が増え始めていた。

 妙子はすでに朝食を済ませていたのでコーヒーを頼み、華はスクランブルエッグとチーズとソーセージとライ麦パンのたっぷりしたランチを注文した。

「ごめんなさい、朝が早かったから……」

「ゆっくりでいいのよ」

 申し訳なさそうに急いでかき込む華を、妙子は優しい笑顔で眺めた。そこには母のような余裕さえ感じられた。


「これからの予定は?」

「ええっと……」

 妙子の質問に慌てて応えようとして、華は鼻からミルクを吹き出した。

「だから、ゆっくりでいいのよ」

 ひととおりむせてから、華は答えた。

「これから、あと三人を迎えに行かなきゃいけないの。それぞれ別々の島で待ってるんだ。ロシア区と、アメリカ区と、あと中国区。そのあとで日本区の消防本部に五人そろって出頭ってわけ」

「時間は午後五時ね」

一七(ひとなな)〇〇(まるまる)、時間厳守だよ」


 その特殊な時間の呼び方を聞いて、妙子は急に身が引き締まった。

「今日から私たちは、ガラパゴス航空宇宙消防学校の宇宙消防士候補生になるんだね」

「うん、よろしくね」

 差し出された華の手を、妙子は強く握った。

「ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 綺麗な顔をしているのに、妙子の笑顔は意外に幼く、かわいらしかった。華は自分のおばあちゃんを思い出した。この子となら、これから先もずっと長くやっていける気がする。素敵な出会いに、華は幸先の良さを感じて、嬉しかった。

 もちろん、その日がすんなりと終わるはずはなかったのだが……

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