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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第二十七話「戦艦イスカンダル(後編)
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戦艦イスカンダル(後編)・2a

 ロブスター号はエンジンを全開にして、エウロパの軌道を追いかけた。オデュッセウス号が五日をかけてゆっくりと飛んだ航路をたった三十分で飛行したことになる。木星を横に見ながらエウロパと並走するうちに次第に距離が近づいていき、茶色い筋が縦横に走っている凍った大地が眼下に迫ってきた。エウロパはどこまでも起伏のない滑らかな球体だ。


「夢中になってみんなが遊んだ後のスケートリンクみたいだね。滑った痕だらけじゃん」

 幸子は風防ガラスから身を乗り出すようにして、無邪気にそんなことを言った。

「用事が済んだら、後でスケートやってみるかい?」

 クリスチャンが笑顔でそう言うと、幸子はその何倍もの大きな笑顔で振り返った。

「妙子とか、みんなも誘って一緒に滑ろうよ! なんなら遠征隊の人たち全員で大会とかやってもいいね」

「いいね、それ」

 クリスチャンは想像してみた。地球人とエウロパ人が仲良くこの場所で氷のオリンピックでも開催できたなら、それはまさに宇宙の平和が約束されたようなものだ。


 そんなことを言っているうちに、つい先ほどオデュッセウス号が吸い込まれていった氷の裂け目までやってきた。エウロパの地形はすでに全土がデータとして記録されているので、どんなに似た地形だとしても間違えることはあり得ない。数キロの幅がある茶色い裂け目は、両脇にレールのような土手を持つ深い谷間になっている。谷の底には溜まった雪がかちかちに固まっている。


「なんだ、ここまで降りてくるとけっこうでこぼこなんだね。ずっとつるっつるなんだと思ってた」

 幸子ががっかりしたような声を出すのが、クリスチャンにはなんだか可笑しかった。

「茶色い裂け目の部分は、木星の重力で引っ張られて、何度も伸びたり縮んだりしてできた皴みたいなものなんだ」

「やだあ、私もあんまり笑ってると、こんな風に皴だらけになっちゃうのかな」

「君はきっとかわいいおばあちゃんになるから、皴があっても似合うと思うよ」

「お上手ね、クリスちゃん」

 幸子は上機嫌でにっこにこだ。


 それから、ほんの数分飛んだだけで、オデュッセウス号が引きずり込まれていった穴のある場所に、ロブスター号は辿り着いた。穴からは間欠泉のように数秒おきに激しい蒸気が噴き上がり、空に飛び散った水滴が、次の瞬間には凍った結晶になって舞い落ちた。辺りはそうやって降り続けている雪でいっぱいだ。


 クリスチャンはいよいよ覚悟を決めたように、横に座る幸子の顔をじっと見て、こう言った。

「さて、僕らは地球人を代表する使者になるんだ。彼らは僕と君を見て、なるほど地球人というのはこういう奴らなのかと判断することになる。君は地球の女性の代表として、彼らの前に立つ準備はできているかい?」

「モチのロンよ」

「威勢がいいね」

 クリスチャンは笑った。


 そして、クリスチャンはカリストにいる仲間たちにもメッセージを送った。

「小山隊長、第十七小隊のみなさん、僕らがこれから体験することを、しっかり記録として残しておいてください。僕らが見て、感じたこと、話したこと、行動したこと、すべてが未来に繋がる財産になるはずです」


 それから、司令官のジム・ハワード消防本部長にも挨拶を送った。

「ハワード本部長、僕らが地下の海へ入ってからの、エウロパ人たちの反応を見て、これから先の作戦が決まっていきます。僕がネビュラを通してあなたに送った覚書(おぼえがき)は、エウロパ人の反応によって自動的に封印が解かれていきますので、司令官はその通りに行動してください。僕のアイデアの通りに行動していただければ、すべての責任は僕が取ります。そのほうが政治のしがらみでがんじがらめになるよりもはるかにマシだとあなたもおっしゃいましたね。僕もそう思います。それと、二日経って戦艦イスカンダルが到着する前に僕らが戻らなければ、その後の権限は僕の弟のアレクサンダーに譲ります。きっと二日の間になんらかの結論がでるはずだと僕は思っています。期待して待っていてください」


 さすがは太陽系でもっとも権力を持つ男だけあって、遠征隊の司令官に対する尊大なメッセージを堂々と言い放ったアレクサンダーは、いよいよエウロパの中枢へ向けて舵を切った。大きな穴が、ロブスター号の真下にぽっかりと口を開いている。激しい蒸気が噴き上げると、船は揺さぶられ、風防ガラスは真っ白に曇ってしまった。


「いくよ、幸子。ヘルメットを被って、しっかり前のファスナーを閉めるんだ」

「あいよ、クリスちゃん」

 幸子は言われた通りに身なりを整えた。

「それではみなさん、いよいよ突入します。ディビッド・リップマンさん、あなたは自由に地球へ向けてこの映像を発信して構いませんからね。すべてのジャーナリストが自由に報道できる権利を僕が保障します。ぜひ真実をありのままに伝えてください。それでは、今度こそ本当に行ってきます」


 次の瞬間、水の中からゼリー状の触手が伸びてきて、ロブスター号はたちまち水の中に引きずり込まれていった。

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