結成!ブラボー・チーム(前編)・1
タワーから眺め渡すガラパゴス人工群島の海は、今日も変わらず群青色に輝いている。
マトリックス株式会社の常務主任、カタリーナ・シュルツは、シンプルでありながら深遠さを追求した自慢のショールームで、噂を耳にし日に日にその数を増していく顧客たちを、明るさと優雅さを兼ね備えた話術で次々とさばいていくのだった。
マトリックスという社名は、ラテン語で「子宮」を意味する。彼女が売る商品は、まさに子宮そのものだった。
「予約を入れていた、オットー・ハイネマンという者ですが」
その日、見学を希望していた若い医学生が時間ぴったりにやって来た。彼は皺だらけの背広を着て、目にかかるほど長く金髪を伸ばし、大きな丸眼鏡をかけて、髭もまだ剃っていなかった。少し小柄で、痩せている。
「承っております」とカタリーナは眉ひとつ動かさず迎え入れた。
「よろしくお願いします」
オットーはせせこましく額を掻いた。
「奥様は日本人でいらっしゃるということで、三種類ほどご用意させていただきましたが、いかがでしょうか」
カタリーナはショールームの中央に並んだ三体の人形の前に、彼を案内した。
それらの人形は、ほとんど人間と見分けがつかないほど精巧で、きちんとしつらえられた洋服を着こみ、行儀よく椅子に座っている。痩せて背が高いもの、太っていて中くらいのもの、痩せても太ってもおらず小さいものの三つで、髪を肩の高さで切りそろえ、どれも幼い子供のようなあどけない顔をしている。日本人女性といえば幼い顔というイメージがあるのだろう。
オットーは無精ひげの伸びた顎を撫でながら、不満そうに小さく首を横に振った。
「もちろん、お顔のほうはご希望の通りにカスタマイズが可能です」
「もう少し、精悍なほうが彼女に合うと思います」
「かしこまりました。後ほどリストを見ながら細かく設定いたしましょう」
オットーはもう一度小さく首を振り、
「どっちにしたところで……」
と呟いた。彼にとっては、どういじったところで人形がグロテスクでぎょっとさせる印象を与えることには変わりがないのだった。
「さて、肝心の子宮のほうです」
カタリーナは声を高くして人差し指を立てた。「当社の評判はお客様もご存知でしょう?」
「ええ、広告を吟味してきましたから」
「こちらへどうぞ。さっそくご覧に入れましょう」
カタリーナは、ショールームの一角に仕切られた小部屋に彼を案内した。入り口のカーテンを引き、中へ入るよう促す。
薄暗い小部屋の奥を見て、オットーは一目でショックを受けた。
床から天井まで伸びる大きな円筒の中に、人間の子宮そのものが浮かんでいた。粘りのある液体はほのかにピンクに染まっていて、円筒の下からは絶えず細かい気泡が噴き上がっている。それらがおぼろげな赤い照明で照らされている。
「中の赤ちゃんはもちろんレプリカですが、外側の子宮と胎盤は実際の女性の細胞を培養して作り出したものです。奥さんの遺伝子を持った子宮と胎盤を作ることも、もちろん可能です。つまり、赤ちゃんに直接触れる部分はお母さんのものとほとんど変わりがないということですね」
オットーは再び小さく首を横に振った。伸びた前髪が丸眼鏡にかぶさる。
「ご気分がお悪いですか?」
「ええ、少し」
「申し訳ありません。それでは、こちらで少しお座りになってください」
低いテーブルを挟んだ二組のソファーの一つに連れていかれ、オットーはそこに倒れ込むように座った。そして、濡れたタオルを渡されて、それで顔を拭いた。
こういう反応は日常茶飯事といった様子で、カタリーナは彼の向かいのソファーに腰かけた。
「奥様は危険なお仕事をなさっているとか?」
「まだ結婚していないし、インターンの段階ですが、いずれそうなるかと思います」
「どのようなお仕事ですか?」
「宇宙消防士を志望しているんです。救命医として」
「ご夫婦そろってお医者様でいらっしゃるんですね」
「ええ」
「代理母ロボットをご希望なさっているのは、旦那様ですか? 奥様ですか?」
オットーは頭を抱えて、窓の外の海を見下ろした。雨がめったに降らないガラパゴスには、雲もほとんどない。
「僕は彼女のためになるかと思って検討してみたのですが、ここに来て少し考えが変わりました」
「みなさん誰しも、最初はショックをお受けになるものですよ」
「そういうものでしょうか?」
「ええ、当社では、お母さんのお腹で赤ちゃんを育てることと、代理母ロボットのお腹で赤ちゃんを育てることのギャップを極力小さくする研究を日々重ねています。お母さんとロボットはネビュラで直接繋がり、お母さんの負担にならない程度に感覚を共有します。お母さんが感じたことは赤ちゃんに伝わりますし、赤ちゃんが伝えたいことをお母さんは感じることができます」
「僕はネビュラをやっていないのでよくわかりませんが」
と、オットーは呟いた。「彼女がそれで納得できるかどうかはもっと話し合わなければならないでしょうね」
カタリーナは、会った初めにオットーの丸眼鏡を見た段階で、そういう反応が来るのを予想していた。古い価値観にしがみつく人が、一定数は必ずいるものだ。
よく糊のきいたシャツを着た社員が、豪華な装丁のパンフレットを運んできた。それを広げると、小さなテーブルはそれだけでいっぱいになった。中は美麗な写真集で、まるで人間のように歩き回り、運動し、寝て、くつろいでいるロボットの姿が映し出されている。
「奥さんのライフスタイルに合わせて、ロボットの生活を設定することができます。旦那様はロボットと共に生活することで、奥様や赤ちゃんと直接コミュニケーションを取ることができるわけです。赤ちゃんに必要な栄養をロボットに補給することと、排泄物の処理は旦那様に行っていただくことになりますが、それも簡単なパッケージにまとめてありますので、それほど手間は取らせません」
そこまで話を聞かされても、オットーの考えは変わらなかった。代理母ロボットへの嫌悪感はますます強まった。
「やはり、彼女と話し合ってみなければなんとも申し上げられません。今日は余計なお手間を取らせたような気もします」
「どうぞ、このパンフレットをお持ちになってください。よく話し合いを重ねられて、そのうえで後悔のない決断をなさってください。われわれはいつでもお待ちいたしておりますから」
「ありがとうございます」
オットーは、そのずっしり重いパンフレットを受け取って、よろよろと出口に向かって歩いていった。
カタリーナは気を取り直して、次の予約客をネビュラでチェックした。
それは日本人の女性の医学生だった。名前は天野妙子、年齢は十九歳。
カタリーナは、これを偶然とは思わなかった。
長い黒髪と黒いパンツスーツに身を包んだ彼女が現われたのは、オットーが出ていってぴったり十分後のことだった。二人がばったり顔を合わせたりしないように、カタリーナが間隔を長めに設定したのだった。
天野妙子は美しい女性だった。丸顔で、あどけない感じではあるが、けっして子供っぽくはない。大人としての凛とした自覚を持ち、たとえ至らないところがあっても努力でそれを乗り越えようとするような強い意志を感じさせる眼を持っていた。
オットーの妻を想定して、日本人の見本として用意していた三体のロボットには、彼女と重なる部分をまったく見いだせない。カタリーナは社員に命じて、こっそりその三体を片付けさせた。もっとましなものを用意しなければならないと、恥ずかしさと腹立たしささえ覚えた。
「予約を入れていた者です」
妙子はぺこりとお辞儀した。その声もまた凛として美しかった。
「承っております」
カタリーナは、妙子をさっそくソファーに座らせた。
「奥様は危険なお仕事をなさっているそうですね?」
「まだ結婚していませんから、奥様ではないですし、これからインターンを始めるところなので……」
「宇宙消防士になられるとか?」
「ええ、救命医として」
カタリーナはにっこり微笑んだ。
「ご夫婦で、よくお話し合いになられて、後悔のない決断をなさってください。わたくしどもは、必ず期待に応えて差し上げますから」




