ヘクターの最期・1b
愛梨紗は水を得た魚のように、消防宇宙船レムス号をぶっ飛ばしていた。ブラボー・チームのみんなは、座席に背中を押しつけられる感覚を久しぶりに味わいながらも、その胸の中は不安でいっぱいだった。
前面の風防ガラスには龍之介が映っており、これからやるべきことを伝えてきた。
「これから俺たちはオデュッセウス号を捕獲するための特別作戦を行う。これは軍・警察・消防すべての合同作戦だ。指揮監督はアメリカ、シカゴのハワード消防本部長が務めることになった。ソラリ・スペースライン特殊機工のヘクター・クラノス氏は技術アドバイザーとして参加する」
妙子はもっとも大きな心配事を胸の中に抑えきれなくなって、とうとう声に出した。
「龍之介さん、うちのさっちゃんはどういう位置づけになるんですか?」
不安そうな妙子に、龍之介は微笑みかける。
「心配するな、天野、君のお姉さんがやっているブラック・スワンとしての活動は、宇宙開発省とソラリ・スペースライン特殊機工との連携事業として承認されている。本来は極秘なんだが、ヘクターさんがそう説明してくれた」
妙子はまだヘクターのことを信用しきれていないが、とりあえずは安心した。
しのぶは待ちきれなくて、話の続きを催促した。
「それで、私たちは何をすればいいんだよ、龍之介」
龍之介は咳払いしてから、あらためて作戦の説明を始めた。
「いろいろと混乱を極めたんだが、上層部の話し合いの末、作戦は三つの段階を想定することになった。まず第一段階は自分たちの力だけでオデュッセウス号を捕獲し、ガン化した機械細胞すべてを積み込んだうえで、太陽に向けて廃棄する。第二段階は、もし、オデュッセウス号が捕獲できたとしてもコントロールが不可能な場合だ。そのときには、目的地を太陽ではなく、木星に変更する」
「でも、それじゃ……」
と、言いかけた華を、龍之介はやんわりと制した。
「とりあえず最後まで聞いてくれ、華」
「すみません」
華は心の中で、木星に解き放たれた機械細胞をその後どうするのか訊きたかったのだが、それを訊いたところでそれに答えられる者がこの場に誰もいないことに、とっくに気がついていた。
龍之介は話を続けた。
「第一段階と第二段階では、出来得る限りオデュッセウス号の乗組員を救助する。そして、第三段階は、オデュッセウス号の捕獲も不可能となった場合だ。そのときは、エウロパ人に接触を図り、その後の対応について協力を求める。彼らについて詳しいことを知る者はヘクターさんくらいしかいないんだが、とにかく最後はそれに望みを繋ぐことくらいしかできない」
どのみち、最悪の事態を想定すると、結局はエウロパ人と関わるしかなくなるのだろうという予感が、ブラボー・チームのみんなの心の中を占めていた。得体のしれないエウロパ人という存在が、恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。
そのとき、風防ガラスのスクリーンに映っていた龍之介が、小山三郎隊長に切り替わった。彼はみんなの不安を和らげようと、穏やかな微笑みを浮かべている。
「どうした? みんな、そんな浮かない顔をして」
「だって、心配なんですもん」
華は素直な気持ちを言葉にした。「会ったことも見たこともない人たちを頼りにするしかない状況なんて、ここにいる誰も経験したことがないじゃありませんか」
小山隊長は深くうなずいた。
「その通りだ、桃井。歴史が変わる局面には、そういうことがよく起こるんだ。みんなもよく聞いておきなさい。俺たちは今、大きな歴史の転換点にいる。三か月かそこら前にも大きな転換点があったが、これから先、俺たちはそういうことを何度も乗り越えていかなきゃならない。それは、俺たちの先祖だって、同じように経験してきたことなんだ」
「隊長、何か具体的な話を聞かせてよ。私たちの不安を吹き飛ばすようなさ」と、しのぶは言った。
隊長はすでに準備していたかのように、こんなことを語り出した。
「不安を吹き飛ばすかどうかはわからないが、お前たちにこんな話をしようと思う。俺たちが今置かれている状況は、昔の日本の、安土桃山時代から江戸時代の初めあたりかな、あの辺りに起きたこととよく似ている。ポルトガルの宣教師が日本にキリスト教を伝えた。当時の日本人は、その未知なる宗教に魅了され、多くが入信した。しかし、日本を統治していた豊臣秀吉は、そのキリスト教の影響力を恐れたんだ。だから、キリスト教の弾圧が起きた。それは、カリストでエウロパ人に魅了された人たちが反乱を起こした状況とよく似ていると思わないか? 佐藤や菊池の地元の九州では、島原の乱というやつが江戸時代に起きたことを歴史で習っただろう?」
「あんときのキリシタンの人たちはほんなこつひどか目に遭いんしゃったとよ」
と、愛梨紗は操縦桿を握ったまま答えた。
隊長はうなずいた。
「そうだ、当時、島原の乱では、反乱を起こした人たちは得体のしれない魔術を使うという噂があって、処刑されたり生き埋めにされたりしたそうだ。それは当時の人たちの恐怖がそうさせたんだな。今も同じことが行われていることを、お前たちは知っているか? 反乱を起こしたメンバーはネビュラの端末を引き抜かれ、服も何もかも剥ぎ取られて、狭い囚人船の中にすし詰めにされている。それは、彼らが何をしでかすか予想もつかないからだ。俺たちは、そういう未知なるものへの恐怖の只中にいるんだ。それをよく見ておきなさい。俺たちは歴史から学ばなければならない。歴史は繰り返すというが、同じことを繰り返しているばかりでは人間の進歩はないからな」
隊長がそう語り終えると、第十七小隊のみんなは黙り込んで、深い考えに沈んでいった。




