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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第四話「秘密のテスト」
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秘密のテスト・3

 夏の夕方は、まだ明るい。

 おばあちゃんは、青いミニカーに乗って帰ってきた。朝出るときにおじいちゃんに持たされたクーラーボックスに、肉と野菜をしこたま詰め込んでいる。華と翼とおじいちゃんが、荷物を下ろすのを手伝おうと近づく中に、見たことのある男の子も一人混じっていた。

「あら、お向かいの麟くん」

 と、おばあちゃんは笑顔になった。丸顔のちっちゃなおばあちゃんは、笑うと目が細い糸のようになってかわいらしい。


「こんにちは、おばあちゃん」

 麟太郎少年はこちこちになってあいさつした。

「麟くんたちもお呼びしようと思って、多めに買ってきてあるのよ。ご家族みんなでいらっしゃいな」

 少年は感激した。

「本当ですか? ありがとうございます」

「ねえ、麟くん」

 と、後ろから話しかけてきたのは翼だ。

「はい!」

 麟太郎少年は直立不動になった。

「クーラーボックス下ろすから、そっち持ってくれる?」

「はい!」

 華とおじいちゃんがくすくす笑っている。


 麟太郎少年と華と翼とおじいちゃんの四人で、クーラーボックスをバーベキューの台のそばまで運んだ。ミニカーは車庫に自動で収まった。おばあちゃんは家の中でスーツを脱いで、茶色いエプロンを着けて戻ってきた。

 折り畳みの長いテーブルを立てて、まな板を置き、そこでおばあちゃんは特大の肉の塊を切り分けた。その横では、翼が麟太郎少年を使いながら野菜を切っていった。少年は指図されるまま大きな声で返事して、てきぱきと働いた。


「おじいちゃん」

「なんだね? 華」

 華は、豊かに流れる興津川を指さして、

「この辺りの防火設備はどうなってるの?」

 と訊いた。

「うーん、どうかな……」

 おじいちゃんは要領を得ない。若い人たちならば、ネビュラですぐ調べてしまうところだ。

「いいよ、私が見てみる」


 華はネビュラで、この一帯の防災水利について調べてみた。水は川から汲み上げる仕様で、数世帯おきにポンプやホースなどを収めた小屋が置かれている。しかし、データの蓄積が少なくて、信頼度は低い。本当に使えるかどうかは、直接見てみないことにはわからない。

「私、ちょっと自転車で走って見てくるね」

「ちょいとお待ち。確か、小屋の鍵がどこかにあったはずなんだが」

 華とおじいちゃんがバタバタしているのを不審に思ったおばあちゃんが、大きな声で尋ねた。

「あなた、どうしたの?」

「いやあ、華がさ、防火設備の点検に行ってくれるそうだ」

「あら、まあ、偉いねえ」

「大したもんだよ」


 華としては、そんな褒められるような動機でやっているつもりはない。もしも自分たちのバーベキューが飛び火して、周りの家やら木やらに火が燃え移ったりなんかして、明日の夕方の補習に影響が及ぶのを恐れただけなのだ。

「お姉ちゃん、遅くならないでね!」

「わかった!」

 妹に手を振って、華は自転車を漕ぎ出した。最初の一漕ぎだけで、あとは最初の目的地まで自動で連れていってくれる。

 ネビュラの地図上では、谷の中心にくねくねと曲がる興津川があり、それを挟むように農地が広がり、さらにその外側に山が連なっている。おじいちゃんの家から北西に向かうと、避難所にもなっている西里小学校がある。小学校の手前に二つの防災小屋があるので、それをまずチェックしてみようと華は思った。


 川のほとりのあぜ道に、それはひっそりと建っていた。華の身長くらいの高さしかない金属製の物置だ。辺りはよく掃除されていて、建物も錆びたりしておらず、思ったよりきれいだ。

 おじいちゃんから預かった長い鍵を差し込んで、引き戸を開けると、中はほのかにオイルの匂いが漂う他は、よく整理されている。

 川から水を汲み上げるポンプ、消火ホース、ガソリン式発電機、ガソリン携行缶、担架、ロープ、つるはし、スコップ、バケツ、ビニールシート、灯光器など、とりあえず最低限のものは揃っている。


 ポンプと発電機を川まで運んでテストするには人手も時間も足りないので、ネビュラを使って中の異常をチェックしてみたが、特に問題は見当たらない。ガソリンが劣化していないかどうかも調べてみる。缶の蓋を開け(吹きこぼれないよう手順を踏んで)、中を確かめると、茶色く濁ったりはしておらず、まだ新しい。さらに念のために、ポンプのヒューズも調べてみたが、まだ寿命までは数年持ちそうだとわかった。

 きちんと手入れが行き届いているようなので、華は安心した。


 続けて、もう一か所の小屋も一応見てみたが、結果は同じだった。

 これなら、少なくとも明日までに何かが起きたとしても対応するのに支障はないだろう。

「おや、どうかしましたか?」

 小屋の扉を閉めようとしていたときに、後ろからふいに声をかけられて、華はぎくりとした。思えば自分は部外者だ。

「あ、いえ、ちょっと、資材のチェックを」

 不審者すれすれの反応で答える華の後ろに立っていたのは、クリーム色の背広姿でステッキに寄りかかった一人の老紳士だった。カンカン帽を被って白い口髭を生やし、こけた頬と鉤鼻の持ち主のその紳士は、まるで昭和の映画から抜け出してきたようだ。彼は背中を丸めて、下から見上げるように話しかけてきた。


「あなた、桃井さんとこのお孫さんではありませんか?」

「あ、はい、そうです」

 なぜわかったのだろう?

「翼ちゃんとよく似てらっしゃる」

 なるほど、翼はこの町では有名人だ。

「私は、町長の森田(もりた)です」

「桃井華といいます」

「どうぞよろしく」

 町長はにこやかに華と握手を交わした。


「さっきまでそこの小学校で夏祭りの準備をしておりましてね。私は別の用事があるので早めに引き上げたのですが、その帰り道にたまたまあなたを見かけたのですよ」

 自分の不審な行動の弁解をしなければならないと、華は慌てて言葉を探った。まさか町の防火体制に疑いを持っていたとは言えない。

「私、将来は宇宙消防士を目指していまして、初めての場所に来ると、ついついどんな防災対策が取られているか確かめてみたくなっちゃうんです」

「ほお、なるほど」

「こちらの小屋のほうは、特に問題はないようでした」

「そうでしょうな」


 勝手に小屋の中をチェックするなんて、なんだかものすごく失礼なことをしてしまった気がして、華は恐縮した。

 町長は、挑戦なら受けて立つぞと言わんばかりに鋭い目を向けて、こう言った。

「それでは、少しお時間をいただけるなら、うちの自慢の防災設備をご覧いただこうかと思うのですが、いかがですか?」

「はい、ぜひ」

 森田町長は人を引き込むような力を持っていて、華は言われるままにその後ろをついて行った。町長はステッキを振って軽快に歩いた。


 連れてこられたのは、西里小学校だった。

 夕日が次第に赤く染まり始めている。

 金網に囲まれた広大なグラウンドの中心では、大きな盆踊りのやぐらが組まれていて、その周りを夜店の屋台が囲んでいる。やぐらには、すでにほとんど作業を終えたのかビニールシートが被せられている。

 華のおじいちゃんよりも申し訳程度に若い衆なおじいさんおばあさんたちが、作業を終えて一休みしていた。彼らは町長の姿を見ると、「おや、忘れ物ですか?」と声をかけてきた。町長は「ええ、ちょっと」と答えて、華を従えて奥へ進んだ。華はなんとも肩身の狭い気分だった。


「あれが、うちの自慢の防災設備ですよ」

 町長はグラウンドの先を指さした。

 グラウンドの端に、こじんまりとした公民館のような、申し訳程度の校舎が建っている。その隣りにあるのが、町長ご自慢の設備だった。ちっちゃな校舎とはあまりに不釣り合いな巨大な構造物だ。銀色の亀の甲羅のようなドームが赤い夕日を浴びて、ギラギラと輝いている。


「あれは去年完成した体育館です。あの天井は特殊合金をハチの巣の形に組み上げてありましてね、どんな衝撃にも耐えるようにできているのです。それこそ、富士山が噴火してもびくともしません。あの中には町のすべての住人を収容しても二週間は持つほどの物資が蓄えられています。あそこに逃げ込めば、何が起きても絶対安全というわけです」

「本当に、富士山が噴火しても大丈夫なんですか?」

「昔の業者ならどうだったかわかりませんが、最近はヘラクレス事件のおかげで規格が厳格化されていますからねえ。手抜きをする業者はいませんよ」

 その名前を出されると、華は何も言えない。ちょっと誇らしくもあるが、一生の秘密だ。


「すごく、びっくりです」

 素直に驚く華を見て、町長は不敵に笑った。

「これだけではありません。年頃の娘さんに失礼ですが、ちょいとお手をお貸しください」

 町長は、華の手をひょいと握った。

 たちまち、華の視界に町内を見下ろす立体地図が表示された。町のあちこちに、赤や青や黄色に光る逆三角形が表示されている。その地図にはもちろん驚かされたが、まずその前に町長がネビュラをやっていることに、華はもっと驚いた。


「私も本当は嫌だったんですが、仕事柄、拒否するわけにもいかないでしょう。この町でネビュラに接続しているのは、私と、うんと若い人たちだけです。他の方たちには、位置情報と健康状態を発信するブレスレットを装着してもらっています」

 はて、うちのおじいちゃんとおばあちゃんはそんなものを着けていただろうかと、華は思い出そうとしてみるが、思い出せなかった。

「この色分けは、年齢と健康状態によって決められています。青が自力で避難可能、赤は介助が必要、黄色は場合による、というわけです」

「すごいですね」

「さらに、それだけではありませんよ」


 華の視界の地図に、無数の白い丸が表示された。じっと静止している丸もあり、動き回っている丸もある。動き回っている丸には、その中心に黒い点が打たれている。

「それは、高齢の住人一人一人に支給されているミニカーを表しています」

 おばあちゃんが乗っていたあれだ、と華は思い出した。

「災害時には、私がそのミニカーを操作して、住人の皆さんをこの避難所まで連れてくることが可能です。みなさんは車に乗りさえすればよいというわけです。ミニカーには通信機器が備えられているので、連絡を取り合うこともできます」

「感服しました」

「これで、もう何も心配はいりませんね?」

「私なんかが口出しできることは、何もありません」

 森田町長はかっかっかと笑い、どうだ参ったかと華を下から見上げた。


 そのとき、華の頭に、妹の甘ったるい声が突然響いた。とても怒っている。

「お姉ちゃん、何してるの? みんな待ってるよ」

「ごめんごめん、すぐ帰るから、先に始めててよ」

「お姉ちゃんが今日の主役なんだからね」

「ごめんごめん」

 ぺこぺこする華を見て、町長が割り込んだ。

「翼ちゃんですか?」

「はい」と華は答えた。


 町長は華の手をさっと握った。

「翼ちゃん、森田です。明日は、ぜひご家族でお越しください。一緒に盆踊りやカラオケで楽しみましょう」

「はーい、町長さん」

 と、翼は答えた。「でも、お姉ちゃんは学校があるから行けないの。私はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に行くね」

「ああ、そうでしたか。まあ、ともかく、ご家族によろしくお伝えください」

「はーい」


 町長は華から手を離して、恥ずかしそうに謝った。

「突然失礼しました」

 華もまんざらではない。

「翼のこと、みなさんかわいがってくださっているみたいですね」

「ええ、あの子はとてもいい子ですよ」

 町長はカンカン帽を脱いで、無邪気に微笑んだ。

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