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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第二十三話「ヒーローとヴィラン」
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ヒーローとヴィラン・4b

 第二次掃討作戦は予定よりも早い午後三時十二分に開始された。華たち第十七小隊に割り当てられた任務は、オデュッセウス号の脇を飛び、一緒に周回軌道を回りながら反乱勢力の奇襲に備えることだった。彼らの他にも日本の航空宇宙自衛隊や航空宇宙機動隊、そしてアジアの各国から派遣された部隊が共同で作戦に参加していた。

 このとき、遠征隊の主力である米軍とヨーロッパ連合軍は、カリストの全土に広がるコミュニティの地下に潜んでいる反乱勢力に対する同時攻撃を仕掛けていた。


 オデュッセウス号に対する奇襲が企てられていることは、ヘクター・クラノスの報告によってすでに司令部に知らされていた。しかし、それは陽動作戦であって、ジェイコブ・ハンターの真の目的は避難中の二万数千人の労働者たちを人質に取ることで遠征隊を分散させ、各個に攻撃を加えることにあるというのが、司令官ジャスティン・フューリー中将の読みだった。

「クトゥルフ型宇宙船たった三機を相手するには、最低限の守りだけで十分だ」

 フューリー中将はその考えをヘクターに告げていなかった。


 当のヘクターは、おそらく中将が自分のことを侮って、奇襲攻撃のリスクを軽く見るだろうとすでに予測していた。

「だから僕らがこうやって出張ってくるしかなかったのさ」

 スワン・ウイングで地下通路(ラビュリントス)を飛んでいるヘクターは、ネビュラを通して天野幸子にそう言った。

「ヘクターは、どっちが本当だと思っているの? ジェイコブの真の目的は奇襲なのか、それとも分散させての各個撃破なのか」

「たぶん、両方だろう」

「なんだ、それじゃ中将さんも正しいんじゃん」

「ただ、あの司令官が思っているほど、ジェイコブがバカじゃないことだけは、僕は理解しているよ。おそらくこの奇襲を成功させるために、彼らはカリスト全土で一斉に行動を開始したんだ。この奇襲は彼らの最後の賭けなんだと思うよ」


「へえ」

 幸子は納得したようにうなずいたが、その後にこうつけ加えた。「ところでヘクター、どうして今になって、本当のことを言おうと思ったの? ジェイコブはここにはいないってこと」

 幸子の迅速な働きによって、三機のクトゥルフ型宇宙船はすでにタロスと一体化し、乗組員たちは巨人の腹の中でゼリー状の物体に包まれて捕獲されていた。その中にジェイコブがいないことを、幸子がそれに気づく前にヘクターは打ち明けたのだった。

 現在、タロスは触手をトンネルに突っ張って、出口を目指して時速三百キロで爆走していた。


 ヘクターは観念したように答えた。

「君に嘘をつきたくなかったんだ」

「ほう」幸子は嬉しそうな声を出した。

「人を殺さないことと、嘘をつかないことは、人として当たり前のことだけど、君とこれから一緒に暮らしていくことを考えると、どうしてもないがしろにするわけにはいかないように思えてね」

「それは殊勝な心掛けでござるな」

 幸子のその言葉の後ろで「うほほ、うほほ」と興奮する声が聞こえてきそうなのが、ヘクターには忌々しかった。

「調子に乗るなよ、幸子」

「いいよいいよ、照れなくたって」

 幸子の笑い声を聞いていると、ヘクターもどうでもよくなってきた。


「ところでヘクター」

 急に幸子は低い声を出した。「これから私はどうすればいいの? このまま外に出ちゃっていいの?」

「そのまま出ちゃってくれ。君の腹の中にはとんでもなく危険なものが積まれているんだ。それは外でないと安全に処理できない。乗組員が一緒じゃ無理だからね」

「それを早く言ってよ」

「ごめんごめん」


 ヘクターが当初考えていた作戦は、その危険な積み荷を乗組員もろとも処理してしまうことだった。それが幸子との「人を殺さない」という約束によって、急遽、このような形になったのだ。

「ヘクター、今後、私に隠し事したら許しませんからね。約束だよ?」

 その言葉はまたしてもヘクターの胸に深く突き刺さった。どうして幸子はこんな力を持っているのだろうか。ヘクターは素直に答えた。

「はい、約束します」

「よろしい」

 幸子は嬉しそうに笑った。ヘクターも嬉しくなった。


 そのころ、カリストの上空をオデュッセウス号と共に周回していた第十七小隊の二隻の消防宇宙船では、地上を見下ろしながらみんなが退屈そうにしていた。

「なんにも起きなそうだね」

 ユズは顔全部が口になるくらいに大口を開けてあくびした。

「ユズちゃん、人前でのどちんこを見せるんじゃありません」

「あい」

 妙子にぴしゃりと注意されて、ユズはぱくんと口を閉じた。


 パイロットの愛梨紗は、高度百キロメートルを飛ぶオデュッセウス号の左舷はるか斜め下の位置を守って飛んでいる。その高度は地上から千メートルだ。そこには他の国々の消防宇宙船も小規模ながら飛んでいて、その色とりどりのデザインはなかなか物珍しいものがあった。

「みんなあげんかわいかとに、うちらのだけ真っ黒やけん、なんか恥ずかしかね」

「そんなことないよ、かっこいいじゃん」と、しのぶ。


「あの黄色いのは中国の消防宇宙船だね」

 ユズは、隣りに座る妙子越しに(「ちょっと、ユズちゃん!」)風防ガラスににじり寄ると、はしゃいだ声を出した。「大家好(ダージャーハオ)! みなさん、こんにちは!」

 向こうの隊員たちも気がついたらしく、大きな風防ガラスの内側からこちらに手を振るのが見えた。

「ほら、華たちも挨拶しなよ」

 ユズに言われて、華やしのぶも向こうに手を振り返した。中国の宇宙消防士たちは親指を立てたり飛び上がったりして笑っている。あちらは男女混合チームのようだ。

「なんだか平和だね」

 華もそう言うと、思わず漏れそうになったあくびをかみ殺した。


 そこに、龍之介からの通信が入った。みんなは瞬時に姿勢を正した。

「ブラボー・チーム、警戒態勢を取れ。地下から巨大物体が接近中だ」

「敵ですか?」華は訊いた。

「そのつもりで備えておくんだ」

 ユズはネビュラを空中のスクリーンに投影した。地下の様子が立体で映し出され、そこに正体不明の物体が赤く表示されている。時速三百キロメートル前後の速度を維持しており、オデュッセウス号の周回速度とほぼ一致している。その物体は、ちょうど真下の地下から、斜め上に上ってきている。


 華は指示を出した。

「物体が地上に飛び出して来たら、攻撃が始まるかもしれない。愛梨紗、電磁バリアの用意をしておいて」

「了解」

 愛梨紗は電磁バリアで通信が途絶えた場合に備えて、各種のバックアップを取り始めた。

 ユズはスクリーンを見ながら実況した。

「物体が地上に出るまで残り十秒、九、八、七……」


 カウントがゼロになった瞬間、カリストの氷の大地が盛り上がり、薄い大気でも伝わってくる地響きが、華たちの乗るレムス号にも検知された。

 それはまったく予想していなかった光景だった。地面から空高く射出されたそれは、美しい人型をしていたのだ。

 黒いボディスーツに身を包み、二股に分かれたマントを羽織ったそれは、尖ったバイザーを持つヘルメットを被っていた。その身長は三十メートルほどはあるだろうか。


 たった一人、妙子だけが状況を正しく把握した。

「さっちゃん!」

 その場にいるメンバーの中で、妙子だけがそれに見覚えがあった。なぜブラック・スワンがそんな巨大な姿で目の前に現れたのか、その理由はさっぱりわからないが、それが間違いなく幸子の仕業であることは、妙子には痛いほどわかった。

「もう、やっぱりそうなっちゃうのね……」

 妙子の嘆きの声が、レムス号の船内に響き渡った。

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