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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第二十三話「ヒーローとヴィラン」
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ヒーローとヴィラン・1a

 カリストの上空を縦横無尽に飛び回る各国の揚陸船の中に、一機の黒い全翼機が紛れ込んでいた。それはオデュッセウス号の船底の秘密のハッチからこっそりと飛び立ち、あらゆるレーダー、あらゆるセンサー、あらゆる視覚装置からその身を隠して、誰にも知られることなく、秘密の入り口を通って、カリストの地下へと侵入していった。


 その地下の入り口は、足場を作る者たち(スキャフォルダーズ)の反乱勢力にさえ知られていない、究極の秘密の入り口だった。

 カリストの地下には地下通路が複雑に張り巡らされているが、実はそれとは別に、もっと大規模な秘密の地下通路が張り巡らされていることは誰も知らない。その通路はこの星の最大の地権者であるクリスチャン・バラードの指示によって作られたものだ。通路を設計し、たった二か月足らずでその工事を完了させたのは、特別な教育を施した機械細胞(マシン・セル)の知性体だった。クリスチャンはその知性体にダイダロスと名付け、地下通路をラビュリントスと呼んだ。ダイダロスは自らの分身である機械細胞(マシン・セル)たちを培養して工事を行わせた。そして今、通路が完成した後は、彼らを通路のすみずみに溶け込ませて、維持管理のために共に暮らしている。


 地下通路(ラビュリントス)の内部は明かりひとつない真の暗闇で、その素材はどんな探査装置でも検知できない素材で出来ている。そもそもこの星で使われる探査装置にはすべて細工が施してあり、地下通路を検知してもそれを使用者に伝えることはない。もしまれに、たまたま人間が掘っていたトンネルが地下通路にぶつかったとしても、地下通路の側から蛇のように身をかわして、掘られた穴も埋めてしまうので、そこに何かがあったことを知られることもない。


 カリストの地下に潜り込んだ全翼機を操縦しているのは、この通路を作らせた当のクリスチャン・バラードであると同時に表向きはヘクター・クラノスと名乗り、今現在はあの奇特な女性、天野(あまの)幸子さちこの恋人となったばかりの二十九歳の男だった。

 そして、地下通路の闇を切り裂くように飛んでいる全翼機の名は、もちろんあのスワン・ウイングに他ならない。


 ヘクターは自動操縦に切り替え、操縦桿から手を離すと、後ろの狭いスペースで一生懸命衣装と格闘している幸子に声を掛けた。薄暗い照明に照らされて、幸子の額には玉の汗が浮いている。

「幸子、そのコスチュームはやっぱり君が一番よく似合うね」

「私にのぼせ上っているみたいだから話半分で聞くけど、そう言われると気持ちいいからもっと褒めて」

 がんばって着替えた甲斐あって、幸子はみるみるヒーローに変身していった。


 幸子の全身は足のつま先から首元まで、ぴったりと張り付く光沢のある黒いボディスーツに包まれている。このスーツには、その薄い生地の内側に筋力を十倍まで高める人工筋肉が織り込まれている。ブーツの高いヒールには低重力でも姿勢を保ち、高速での移動を可能にする推進装置を備えている。腰には各種の秘密道具を詰め込んだボックスを連ねたベルトが巻かれている。背中には黒い白鳥のような二股に分かれたマントを背負い、身体の前面は滑らかな筋肉を模したプロテクターで守られている。

 そして、その小ぶりな頭部は、尖った嘴のようなバイザーの付いたヘルメットですっきりと覆われている。口元は露出しており、必要に応じて透明なカバーが開閉する仕組みになっている。髪の毛はポニーテールにまとめて、ヘルメットの後ろから外に出している。

 全身が黒一色に染まった、セクシーでミステリアスなヒーローの出来上がりだ。


 幸子はその場でマントをひるがえしながら、くるりと回ってみせた。

「腰のベルトが前みたいにごつごつしていないのがいいね」

 幸子が喋ると、バイザーの下で赤い唇がくねくねと動くのが見えた。

「邪魔にならないようにボックスをお尻のラインに沿わせてみたんだが、気に入ったかい?」

「こうすると、くびれが強調されるんだね。スタイル補正が掛かって、なかなか良い感じ」

「ユーザー・インターフェースで指示すれば、道具が自動的に出てくるようにしておいたよ」


「例の、あの修正はできてる?」

「発射したワイヤーの着脱は機械細胞(マシン・セル)の応用で自在にできるようになったよ。これで君の注文通り、スパイダーマン的な動きが可能になる」

 それを聞いた幸子がたちまち顔をしかめたのが、その口元の動きで分かった。人差し指を顔の前で立て、ワイパーのように横に振ると、不満そうにこう言った。

「おっと(チミ)ィ、ここに来て他のヒーローの名を出すのはやめてくれたまへよ」

 いよいよヒーローの自覚が高まってきた幸子は、同業者への対抗意識もいっちょまえに持ち合わせるようになっていた。


「さて、幸子、いやブラック・スワン。君がこれからやるべきことは理解できているかい?」

「そりゃ、もちろん」

「言ってごらん」

「敵の首謀者、ジェイコブ・ハンターをこの手で捕まえてひねりつぶすことでしょ?」

「ひねりつぶすことまではしなくていいんだが、とにかく奴と、その仲間たちを一網打尽にするんだ」

「合点承知の助三郎でゴンスよ」


「ようし、それがわかったなら、幸運を祈ってキスしよう」

 ヘクターは英国人でありつつ、慣れ親しんだアメリカの感覚でそう言ったのだが、幸子の受け止め方は違った。慌てて両手を前に突き出すと、幸子は言った。

「ダメだよ、この服着るの大変なんだから」

 その意味がわかったヘクターのほうがむしろ慌てた。

「なに言ってんだ、キスするだけだよ」

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