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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第二十二話「木星の理想と現実」
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木星の理想と現実・3b

 カリストの暴動鎮圧作戦は午前六時に開始された。鎮圧対象となるコミュニティは全体の三割に及ぶ三十二か所に達するが、その中でも三か所は武装集団が占拠している重要拠点として、軍の攻撃目標になっている。

 作戦開始時刻の六時ちょうどに、まず先だって軍による空爆が行われた。地上に出ている暴徒たちの拠点を破壊するのが目的だが、地下深くに広がっている施設までを攻撃することはない。破壊を最小限に抑えるのは、鎮圧後に速やかに生産活動を再開するためだ。


 カリストの上空を周回する、オデュッセウス号の船底ハッチから、軍が使用する百機あまりの揚陸船が飛び立った。それはまるでおびただしい猛禽の群れが、地上の獲物を狙うように旋回する恐ろしい光景だった。

 カリストの地上にある、反乱勢力の建造物や車両、さらには動いて抵抗の素振りを見せようとしたものはすべて一瞬で破壊された。それはほんの五分程度の攻撃だったが、効果は絶大だった。

 反乱勢力が沈黙したのを確認すると、様子を見ていた警察と消防にも次々と出動命令が出た。


 日本の航空宇宙消防隊に割り当てられた、一隻の揚陸船の後部の荷台で、華たち第十七小隊のメンバーは二組に分かれ、互いに向き合って座席に身体を固定し、出動命令が下るのを待っていた。黒いボディスーツは防弾仕様の特別なもので、オレンジのジャケットも金属板を仕込んだ重たい特注品だ。

 龍之介は、先に飛び立った司令船から小山隊長が命令を出すのを、ネビュラに集中して待ち構えている。


 華としのぶは、みんなのベルトがきちんと固定されているかどうかをチェックして回った。特に身体の小さい愛梨紗は、衝撃で飛び出してしまわないように補助のベルトを使ったりなどして、特に念入りに縛った。

「チャイルドシートいっちょうあがり」

 しのぶがからかうと、愛梨紗は不満そうに頬を膨らませた。

「私も本当は船を操縦したかったとに」

 今回の任務は地上の安全確保が目的なので、消防宇宙船は使われない。


「西郷さんはもっとお腹を引っ込めてよ」と華。

「これが限界でごわす」

 華としのぶは力いっぱい源吾のお腹を押すが、ベルトが十分に締められる長さを確保できない。

「朝ごはん食べすぎなんじゃないの?」

 しのぶが文句を言うと、コウジが横から口を出した。

「そこに掛かってる荷締めロープを使うといいよ。結び方はわかるかい?」

 それにしのぶが答える。

「宇宙消防士なら常識でしょ。それに私、昔トラック輸送やってたから得意なんだ」


 そうして、しのぶは荷締めロープとカラビナを駆使して、源吾の身体を大型の荷物のように壁に固定した。

「簡単な南京結びだから、そこの結び目の塊のところをほぐしたらすぐにほどけるよ」

「手際はいいけど、なんか苦しいぞ」

 源吾の顔がみるみる青ざめていくのを、救命医の妙子が気づいて、しのぶに言った。

「しのぶさん、西郷さんの血管が全部締まっちゃってるよ」

 見れば源吾の脇の下、上腕、太ももと、太い血管が流れる部分を狙ったようにロープが締め付けている。

 しのぶは頭を掻いた。

「まいったな、しっかり固定するにはここが一番だと思ったんだけど……」

「意識が遠のいてきた……」

「しっかりして、西郷さん」

 華はぐったりする源吾のロープをほどき、その頬を叩いて目を覚まさせた。


 そんなバタバタには目もくれず、珍しく任務に集中して交信に耳を澄ませていたユズは、よく通る高い声でこう告げた。

「空爆終了、反乱勢力は沈黙だって」

 たちまちみんなは緊張して、ユズが次の言葉を発するのを静かに待ち構えた。

「航空宇宙機動隊はただちに降下し、暴徒を制圧せよ、だって」

「俺たちの仕事は、それらが済んだ後だ」

 龍之介が言った。「現場を捜索し、怪我人がいれば必要な処置を施した後、救助船に収容する。自力で動ける者は安全な場所に集める。警護は軍と警察が受け持ってくれるが、反乱勢力の残党が抵抗するかもしれないから、武器はいつでも使えるようにしておけ」

 華たちの脇の下には、銃身を短く切り詰めた小銃が収められている。腰には弾倉をまとめたボックスも装備している。それらは普段の任務では無縁のものなので、大きくて重くて、違和感がものすごかった。


 華は昨日の射撃訓練を思い出し、その乾いた発砲音と、腕に伝わる振動と、独特な火薬の匂いに対して妙に冷めた感情を抱いた。ロジャーこと健太郎は昔の映画が好きだから、こういう銃器にロマンを感じたりなどするらしいが、実際に持った銃はロマンとは真逆にあるものだとわかった。華は別に反戦主義者というわけではないが、銃によって物事を解決することに関しては違和感しか感じない。なぜならどんなややこしい揉め事や、話し合って詰めていかなければならない問題も、弾丸一発でなかったことになってしまうからだ。それでは何も始まらないじゃないか。だから華は、自分から積極的に銃を握る気にはまったくなれない。自分がこれを使うとすれば、話し合いの通じない相手から自分や仲間を守るときだけだ。だが、相手もそう考えているとしたらどうだろう? 現場では、相手がまともかどうかなんて判断する時間はほとんどない。

 華は今すぐ銃をこの場に置いていきたい衝動に駆られたが、その考えは一瞬だけ頭全体を埋め尽くした後、任務の重さと現実の緊張感によって押し流されていった。


「第十七小隊の諸君、いよいよ出場のときだ」

 みんなのネビュラに、小山隊長の声が響き渡った。任務を前にして高揚し、気合十分なのが、その張り詰めた声だけで分かる。

 龍之介はみんなの顔を見回し、互いにうなずきを交わした後で、こう答えた。

「こちらはすべての準備が整っています」

「それでは揚陸船を降下させる」

 揚陸船は司令船からの遠隔操作だ。小山隊長と芹口主任が、ネビュラを通してすべてをモニターしている。主任のカウントダウンが聞こえてきた。

「降下五秒前、四、三……」

 船が大きく揺れて、みんなの身体がわずかに浮き上がった。

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