木星の理想と現実・1b
「全員集まったか?」小山三郎隊長は苦しそうに声を絞り出した。
部屋の片側がすべて大きなガラスになっている広い会議室には、輪を描くように一人掛けのソファーが並べられ、そこに隊長と主任を上座に置いて、十人の隊員たちが男女に分かれて腰かけている。
ガラスの外には上下いっぱいまで広がった木星が、その大赤斑で会議を覗き込むように迫ってきている。
隊長は一人だけソファーの背後に立ち、背もたれに後ろから寄りかかって前のめりになり、両肘をついている。
芹口加奈子主任が心配そうに声を掛けた。
「隊長、ご無理なさらないで。お部屋からネビュラを使って参加されてもよろしいじゃありませんか」
「いいや、加奈子さん、こうしていると楽なんです」隊長は無理して笑顔を作った。
木星の接近によって重力が増大し、それに加えて減速による逆向きの加速度が加わったために、慣れないGで隊長は腰を痛めたのだった。現在、オデュッセウス号の船内には一・二Gの重力が生じている。
ソファで囲まれた中央の空間には、木星と四つのガリレオ衛星が立体で映し出されている。直径十四万キロメートルの木星に一番近いのはイオで、木星から三十五万キロメートル上空(地球と月の距離より少し近い)を飛んでいる。二番目はエウロパで、木星から六十万キロメートル上空、三番目はガニメデで百万キロメートル上空、四番目のカリストは百八十一万キロメートル上空を公転している。地球の月の直径(三千四百七十六キロメートル)を基準にすると、イオは月よりもわずかに大きく、エウロパは月よりもわずかに小さい。ガニメデとカリストは両方とも月よりほぼ一・五倍ほど大きい。
「放射線量が比較的安全と見込めるカリストに、われわれはまず上陸する」
小山隊長はネビュラを通して、四番目の衛星カリストを拡大してみせた。こげ茶色の表面にたくさんの白い斑点を持つカリストは、なんだかザラザラしていて黒砂糖のお菓子みたいだな、と華はなんとなく思った。
小山隊長は説明を続ける。
「われわれの任務は、カリストの居住区に住む現地労働者たちの安全を守ることだ。現在、足場を作る者たちの機械細胞反対運動によって居住区は広い範囲で破壊され、各地にバリケードが築かれている。すべての労働者が反対派というわけではないので、まずはそうした一般の労働者たちの最低限の安全を確保することが急務だ。反対派たちに対しては、航空宇宙自衛隊と航空宇宙機動隊が対処することになっている」
ここで夏木ユズが突然手を上げた。
「隊長、質問よろしいですか?」
「なんだ?」
「もしも私たちが反対派たちの攻撃を受けた場合、私たちも戦うんでしょうか?」
「それは俺たちの仕事ではないぞ、ユズ。今言った通り、その場合も航空宇宙自衛隊と航空宇宙機動隊が対処することになる」
今度は菊池源吾と犬養守が同時に手を上げた。守が譲って、源吾が質問した。
「もしも敵が防衛線を突破した場合、それを迎え撃つ俺たちはやっぱり丸腰ですか?」
「丸腰ではないぞ。最低限の武器の携帯は許されている。ただし、あくまで身の安全を守るために用いる範囲でのみ許されている。むやみな攻撃は違法行為と見なされ、即座に任務から外されたのち、地球へ送還されて裁きを受けることになるので、気をつけるように」
隊員たちはざわめき、龍之介が代表して言った。
「それでは、武器の訓練も一通りやっておく必要があるように思うのですが」
隊長はたしなめるように言った。
「俺たちの任務をまず第一に考えろ。われわれは戦うために来ているのではない。ここにいるすべての人たちの命を守るために来ているんだ。戦うことは専門家に任せて、俺たちがやるべきことに専念するんだ。余計なことは考えるな」
喧々諤々の議論はまだまだ続き、ブリーフィングの範囲を超えて、話し合いは夕方遅くまで続いた。




