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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第二十一話「スペース・オデッセイ」
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スペース・オデッセイ・2b

「起きろおおおおおお!」

 桃井(ももい)はなの朝の第一声が船室に響き渡った。ここは女子だけの五人部屋で、埋め込み式のベッドが壁際にぎっちりと並んでいる。狭い室内に響き渡る大声が、眠るみんなの耳の奥を直撃した。


「うるっさい!」

 そう叫んで飛び起きた千堂(せんどう)しのぶは、ベッドにあぐらをかいて、短くカールした黒髪を掻きむしった。

「おはよう、しのぶさん」

 華は両手を腰に当て、仁王立ちで朗らかに挨拶した。

「やけに張り切ってるじゃん、華」

「一週間、身体がなまってなまってしょうがなかったんだもん」

 経費節約のために宇宙エレベーターでの一週間の旅を強いられた華たち宇宙消防士は、安全のために、ゴンドラを揺らすような激しい運動を禁じられていた。


「おはよう、華!」

 同じくらい元気な夏木(なつき)ユズは床に飛び降りると、ベッドの縁を勢いよく持ち上げて、布団もろとも壁の中に収納してしまった。そして、その場で寝起きの体操を始めた。

「うおお、身体が軽い!」

「当たり前でしょ、地球の五分の一だよ」

 華は呆れた。ユズの場合、本気なんだか冗談なんだかわからないところが質が悪い。


「ご飯はまだね」

 と、眠い目をこすっているのは佐藤(さとう)愛梨紗ありさだ。ピンクがかった髪が、頭の周りに爆発したように広がっている。

「愛梨紗、ご飯は朝の運動の後だよ」

 華に両脇を抱えられて、愛梨紗は床に降り立った。パジャマ姿の愛梨紗はまだ眠そうだ。


 寝起きのよい(というより、敏感すぎて誰よりも先に起きてしまう)天野(あまの)妙子たえこは、一足先に身支度を済ませ、みんなの分の着替えまで用意してくれていた。

「おはよう、運動着と靴、ここに置いとくね」

 妙子は両手にいっぱい抱えた衣類を、テーブルの上にふわりと置いた。上がオレンジで下が黒のトレーニングウェアと、磁気で床に吸い付くように作られた船内用の運動靴だ。上着の背中には、はっきりとしたいかついロゴで「ガラパゴス日本区航空宇宙消防本部」と縫い込まれている。華たちはついに、インターンを卒業して正式な宇宙消防士になったのだ。


 顔を洗って運動着に着替えた第十七小隊ブラボー・チームの五人は、朝の運動のためにオデュッセウス号の甲板通路に出た。選手から船尾までを貫く通路は幅を広く設けられていて、そこではすでに、世界各国の軍や警察や消防のプロフェッショナルたちがランニングや体操を始めていた。色とりどりの運動着と、さまざまな人種や国籍が入り交じり、ここはまるでオリンピックの選手村かと錯覚するような眺めだった。


「おお、お前たち、ちゃんと寝坊しないで出てきたか」

 アルファ・チームの先輩たちが少し遅れてやって来た。リーダーの三国(みくに)龍之介りゅうのすけを先頭に、山田(やまだ)健太郎けんたろう菊池(きくち)源吾げんご夏木(なつき)コウジ、犬養(いぬかい)まもるが全員揃っている。

「おはようございます!」

 華たちは元気に挨拶した。

「おはよう!」と先輩たちも軽く手を振って答えた。

 華はすでに体操を済ませてしまったので、早く走りたくてたまらない。

「えへへ、龍之介さん、私たちとどっちが速いか競争しませんか?」

「望むところだ」


 華たち小隊の面々は甲板通路を船尾に向かって軽く走ると、通路の端で折り返し、横一列に並んだ。両手首に重りを巻き、靴の磁力を調整して一Gの負荷がかかるようにする。目指すは五百メートル先の船首だ。

「よーい……」

 龍之介が声を張り上げる。

 華は心の中で、「ドンと言ったらスタートするんだぞ」というくだらない冗談を龍之介が言うのではないかと警戒した。

「ドン!」

 その一声でみんなは一斉に走り出した。余計な警戒をしていた華はちょっとだけスタートが遅れてしまった。だけど、なぜだかそれが可笑しくてしょうがない。

「なに笑ってるんだ、華」

 横に並んだ龍之介がいぶかしそうに見ている。

「なんでもないんです、龍之介さん、本当になんでもないんです」


 久しぶりに運動できたのがそんなに嬉しいのか、華は気持ちよくてたまらなかった。第十七小隊の他の人たちも似たようなものらしい。身体を動かす喜びに夢中になったみんなは、世界各国の精鋭たちの間をかいくぐりながら全力で通路を走り抜けた。

 軽い運動をしていた小山(こやま)三郎さぶろう隊長が、部下たちの走る姿を見つけた。

「おい、張り切りすぎて怪我するなよ」

 隊長はそのメッセージをネビュラを通してみんなに送った。健太郎はウインクする二頭身のイラストで「大丈夫ですよ」と返事を返した。


 小山隊長は、若くない身体に急な運動は毒だからと、もう一人の女性隊員とペアでストレッチを行なっていた。パートナーの女性は、今回急遽出張に参加することになった芹口(せりぐち)加奈子かなこ主任だ。芹口主任は、隊長とほぼ同期のベテラン救命医で、隊員たちの健康管理責任者でもある。主任は肩までの長さの髪を、大きなクリップで後頭部にまとめている。ぱっと見た感じ年齢不詳なのは、徹底した健康管理の賜物だろう。二人もまた、隊員たちと同じオレンジの上着と黒いパンツを着ている。


 オデュッセウス号の船首は巨大な一枚のガラスで、そこから大宇宙を一望できた。華は最後の追い上げを見せてトップでゴールに辿り着くと、目の前に広がる無限に続く星空に吸い込まれるように見入ってしまった。

「まいったよ、華」

 大きく引き離されていた龍之介がやっと追いついてきた。それから残りのメンバーが雪崩を打ってゴールして、そこらじゅうの床に転がった。

 華は、いったんはみんなを振り返って誇らしそうに笑うと、再び船首に広がる星空に顔を戻して、夢中でそれを眺めてしまった。


「きれいだね」

 しのぶが横に来て、華にそう言った。

「うん」と、華は深くうなずいた。

「しのぶ君、せっかく船の先端まで来たんだから、映画で有名なあのポーズをやってみるかい?」

 健太郎が、しのぶの背後に回って脇の下に両手を持ってこようとしたので、しのぶはそれを全力で拒否した。

「ふざけんな!」

 しのぶは健太郎の腕を振り払うと、走って逃げだした。そうやって二人はじゃれ合うように走り回った。


 龍之介は華の横に並び、そっと彼女の手を取って、こうつぶやいた。

「これから俺たちは、とんでもなく遠い所へ行くんだな」

 その声音は感慨深げだ。

「龍之介さん、私が守ってあげますから、安心してくださいね」

「生意気な奴だ」

 二人は顔を見合わせて笑った。

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