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饗宴(後編)・2b

 雨はいつの間にかやんで、空がみるみる明るくなってきた。今にも雲の陰から太陽が現れて、暑い夏の日差しを注ごうと待ち構えている。


 遠くの山に自分の声がこだましているのを幸子は聞いていた。いませんかーいませんかーと、こだまはいつまでも続いている。久しぶりに大きな声を出したので、それが気持ちよくなって、幸子はただただ大声で叫びたいがためにもう一度叫んだ。

「誰かああああああ!」

 そのとき、どこからか「おーい」と聞こえたような気がしたが、幸子はもう止まらない。

「いませんかああああああ!」


「さっちゃん、すぐ近くに守さんがいるから、いつまでも叫んでないで早く行きなさい」

 妙子がネビュラ越しにぴしゃりと言った。どうやら守は幸子が返事を聞いてくれないので、妙子に連絡を寄こしたらしい。

「守さんって、誰?」と幸子。

「私たちの小隊の先輩だよ。今から資料を送るから」

 と言って、妙子は幸子のネビュラに第十七小隊のリストと映像資料を送った。その資料の一つでは、アルファ・チームの五人が宇宙消防士のオレンジのジャケットを着て横一列に並んでいる。標準的な三国(みくに)龍之介りゅうのすけを中心に、ちょっと背の高い優男の山田(やまだ)健太郎けんたろう、オレンジの短髪でやんちゃそうな夏木(なつき)コウジ、大柄で上野公園にいそうな菊池(きくち)源吾げんご、そして小柄で頭がよさそうな犬養(いぬかい)まもるだ。


「このかわいい人が守さんか」

「そう、そのかわいい人が守さん」

 幸子は胸いっぱいに息を吸い込んで、山の隅々まで届くような大声で叫んだ。

「守さああああああん! どこですかああああああ!」

 すると、すぐ近くで「おーい」と返事が聞こえた。

「あっちか」

 幸子は腰から小さなワイヤーガンを抜き取って、声が聞こえた方向へ銃口を向けた。樹冠のドームの外側の縁で、白いものがちらちらしているのが見えている。


 幸子はワイヤーガンの引き金を引いた。先端にフックを備えた細くて丈夫なワイヤーが、守がいるらしき地点に向かって飛んでいく。

 フックがどこかの枝にしっかり固定されたのを確かめると、幸子は今度はワイヤーを巻き取ろうとしたが、やり方を忘れてしまった。

「ええっと、どうやるんだったっけ」

 再びブラック・スワンのユーザー・インターフェースを開く。「ワイヤーガン(わいやーがん)()()(かた)」という大きな文字を、ウサギさんがぴょんぴょんしながら指さして教えてくれた。


 ワイヤーガンがワイヤーを巻き取ると、幸子の身体は樹冠のドームに向かって引っ張られていった。幸子は手ごろな枝にしがみついて、スワン・ウイングから垂れていたウインチのワイヤーをいったんそこで外し、そばの枝にくくりつけた。


 枝にぶら下がったり(真下は川で、落ちたらひとたまりもない)、超音波ナイフで道を切り開いたりしながら、どうにかこうにか、幸子は守のそばまで辿り着いた。

「君が守さんか」

 絡まり合った枝葉の中で小鳥のように閉じ込められていた守は、雨に濡れた白い浴衣を着て、寒さに震えていた。妙子がもうすぐ救助が来てくれると言ったので待っていたのだが、そこに突然現れたのが黒ずくめの怪人だったので、あまりの異様さに唖然とした。


 身体にぴったり張りつく光沢のあるコスチュームを着た女の人が、鳥のくちばしのような尖ったバイザーのヘルメットを被り、ポニーテールの黒髪と二又に分かれた黒いマントを背中にたなびかせている。

「あんた、誰?」と守。

「私? 私が誰かと訊いているの?」

 待ってましたとばかりに、その謎の女の人(言うまでもなく幸子だが)は、妖艶な赤い唇(さっき口紅を塗った)をバイザーの下から覗かせて、颯爽と名乗りを上げた。「私は闇に(うごめ)く黒い白鳥、偽りの世を真実で照らし、人々を迷いから救う、新時代の先導者であり正義の求道者(ぐどうしゃ)、美しき仮面の守護神ブラック・スワンだ!」


「すげえ、かっこいい」

 守は目を輝かせて素直に感動した。「そのコスチューム、すごくセンスがいいですね」

「わかる? ありがとう。初めて人から褒めてもらえたかも」

 幸子も素直に喜んで、歯をむき出してにっこり笑うと、嬉しさのあまりぴょんぴょん跳ねながら、守に握手を求めた。守の手は彼女のがっしりした手でぎゅっと握りつぶされた。実はこのコスチュームには、筋力を何倍にも増幅する機能が組み込まれている。

「いてててててて」

「ごめんごめん」


 こんなことをやっている場合ではないと、幸子は気を取り直した。

「あなた、通信士なんだって?」

「そうですよ。よくご存じで」

「みんながどこにいるかわかったりしない? 一人一人大声で呼ぶのも大変だし」

「それならとっくの昔に、ユズちゃんと一緒に情報を収集して、位置データを整理できていますよ」

「では、そいつを寄こしなさい」

 ブラック・スワンが黒い手を伸ばしてきたので、守はびくびくしながらそれを握った。手を握り合うと、守のデータが幸子のネビュラへと転送された。


 溢れかえる興津川を中心として、その上を屋根のように覆う機械細胞(マシン・セル)の絡まり合った枝葉が立体で表現されている。そのあちこちに、十一個の光の点がそれぞれのイメージカラーで点滅している。九つが宇宙消防士たちのもので、それに加えて、金色に輝く点が二つくっつき合っているのがアレクサンダーたちのものだろうと思われた。アレクサンダーは樹冠のちょうど真ん中にいた。一番手前の端にある白い点が、自分たちの現在位置だ。幸子はこれから、これら全員を回収しなければならない。


「ずいぶん広く散ったもんだね」と幸子。

機械細胞(マシン・セル)の生命力のものすごさを目の当たりにしましたよ。あの膨張の勢いには恐れ入った」

「あんたたちは下であれを見たんでしょ? 私は上からあれを見てたの」

 思い出してみると、あの光景はものすごかった。何度でも見返したいくらいだ。「守さん、あんたのネビュラの記録と、私の記録を交換しない? 歴史的に貴重なものになると思うんだ」

「それはこっちこそ願ったり叶ったりですよ」

 幸子と守は知識に対する貪欲さの点で重なる部分があるようだ。おかげですぐに打ち解けた。


「私がワイヤーを川岸まで斜めに張ってあげるから、君はジップラインで降りなさい」

 ブラック・スワンがハーネスを手渡そうとしてきたので、守は急に名残惜しくなった。

「これでお別れなのかい?」

「私はこれから十人と同じことをしなくちゃいけないのよ」

「だったら、僕が助手をやるよ。一人でやるのは大変だろ。それに、宇宙消防士が救助されっぱなしじゃみっともないしさ」

「じゃあ、お願い」

 ブラック・スワンは、まったく迷いなく快諾した。それこそ幸子にとって願ったり叶ったりだった。いくら救助に必要な道具がそろっているとはいえ、自分一人だけこき使われたんじゃたまらない。

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