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饗宴(後編)・1a

 すべてはアレクサンダーに託された。

 峡谷の奥からは不気味な地響きが近づいている。風の流れがさっきまでとは明らかに違っていた。上流から下流へ向けて、生暖かい(もや)がうねりになって押し寄せてくる。見晴らしのよかったはずの河川敷は、今では濃い霧で満たされている。

 アレクサンダーは黄金の林檎を両手で包み、胸の前に掲げて、なにやらぶつぶつと呟いている。


「早くするんだ」と言いたい気持ちを、龍之介はぐっと飲み込んだ。

 華は周りにいる仲間たちと手を繋いでいた。華、しのぶ、愛梨紗、ユズが一つに繋がっていた。いつでも走り出せるように身構えているのだ。

 通信士の守は気象情報を収集し、もしも限界が来ればみんなにすぐ警告を出せるよう、声を上げる準備をしている。

 源吾とコウジと健太郎は、鉄砲水の気配に耳を澄ませている。


 空気の流れに乗って、雨が上流のほうから横殴りに吹きつけてくる。厚い雲のそこかしこに、絶えず稲妻が発生している。

 黄金の林檎がうまく起動したのか、アレクサンダーの両手が光の帯を纏い始めた。その帯は次第に数を増し、アレクサンダーの手を突き抜けたり、互いに絡み合ったりしながら飛び回っている。

 マギーの持つ黄金の林檎も同じ挙動を示した。


 アレクサンダーとマギーはそばに寄り添い合い、一緒になって、輝く帯を纏った黄金の林檎を高く掲げた。

「始まるぞ!」アレクサンダーは叫んだ。


 第十七小隊のメンバーは、林檎にばかり注目していたので、それがまさか自分たちの背後から始まるとは思っていなかった。

 山の木々から一斉に枝が伸び始めた。太い枝から細い枝が分かれ、その細い枝からさらにもっと細い枝が分かれ、それらが網のように絡み合って、ビールの泡が溢れるように、空に向かってものすごい速度で膨らんでいった。それらの枝から生えている葉も、それぞれが分裂して数を増やしていった。


 華は、その膨張する枝と葉の塊が自分たちのすぐそばまで迫ってくるのを見て、とっさに、この場で何をするのが最善かを思いついた。

「みんな、あの枝につかまって!」

 第十七小隊のメンバーは即座にすぐ近くの枝につかまった。そのつかまった枝から、さらに細い枝が生まれ、それらが太くなりながらさらに膨張していく中に、みんなはそれぞれ、自分の身体をねじ込んでいった。


 アレクサンダーとマギーは、宇宙消防士たちの行動を見よう見まねでやってみた。手には光を纏った黄金の林檎を持ったまま、枝につかまり、その網の中に自分が包み込まれるようにした。


 それはまるで赤ん坊がゆりかごに乗せられて高く高く持ち上げられていくようだった。隙間がないほどにびっしりと葉を茂らせた頑丈な木の枝は、みんなの身体をしっかりと空中に留めていた。細かく分かれた枝は、ハンモックのように全身を包んでくれている。

 興津川の上空に、樹冠のドームが出来上がった。それは山と山の間を繋いで、峡谷を包む屋根となった。その屋根の中に、小隊のみんなやアレクサンダーたちは取り込まれている。


 すんでのところで、鉄砲水が真下を通過していった。その激しい水しぶきが、高い場所から見下ろしている華たちの顔にも届いた。茶色い土砂を含んだ大量の水が猛獣のように吠え猛り、カーブを描いて山の斜面をえぐっていく。


「もう少し判断が遅かったら、みんな手遅れだった」

 ネビュラを通して、龍之介がみんなに声を送った。「アレクサンダーさん、あなたを信用してよかった。ありがとう、礼を言う」

 少し遅れて、アレクサンダーから返事があった。それはみんなのネビュラに声として届いた。

「礼を言ってもらっておいてすまないんだが、妙子はやはり僕のそばにいてほしい。彼女を捕まえる僕の行動を許してもらいたい」


 華がそれに答えた。

「アレクサンダーさん、そんなことをしても、妙ちゃんの心を捕まえることはできませんよ」

「いいんだ、それでも。僕は彼女がいるおかげで、この世界はまだまだ捨てたもんじゃないと思えるんだ。彼女がただそこにいてくれさえすれば、それでいい」

「そんなの勝手すぎますよ。妙ちゃんは、あなたの持ち物になるために生まれてきたんじゃないんですから」

「僕はここで議論をするつもりはないのでね」

 アレクサンダーは一方的に通信を切った。


 そのころ、妙子たちが乗るスワン・ウイングは、峡谷を一瞬にして埋め尽くした樹冠のドームの上空を旋回していた。早くこの場を立ち去ればよかったのに、操縦するヘクター・クラノスと、その相棒の天野幸子の二人ともが持つ、抑えきれない好奇心がそうさせなかった。二人とも、夢中になって機械細胞(マシン・セル)の挙動を眺めていたのだ。


 樹冠のあちこちから、何かが高速で射出された。それは何か、翼を広げた鳥のように見えた。ハヤブサのような、速さに特化した種類のそれだ。それらが葉を飛び散らせながら舞い上がり、スワン・ウイングを追い越して、灰色の雲の中へと飛び込んでいった。まるで標的を外した対空砲の弾がいくつも周囲を通過するようだった。


 異常に気付いたオットーが、三百六十度を見渡せる風防ガラスの真上を見ながら叫んだ。

「おい、頭上に気をつけろ!」

 膨張する森の姿に気を取られていたパイロットのヘクターは、ほんの少しだけ反応するのが遅れた。

 さっき森から飛び出してきたたくさんの鳥のようなものが、スワン・ウイングの上空でその翼を増殖させた。無限に広がる羽毛のドームが空を覆っていく。


 そのドームが、妙子たちの逃げ場をすべてふさいでしまった。もう、空も森も何も見えない。見えるのは鳥の羽の集合体だけだ。

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