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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第一話「桃井華、宇宙消防士になります!」
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桃井華、宇宙消防士になります!・1

第一部「プロメテウス編」

 二〇六四年の年明けすぐに起きた、完成したばかりの大規模複合宇宙ステーション「グラス・リング」の事故のニュースは、発生と同時に全太陽系のネットワーク上を駆け巡った。世界でもっとも人気を集めるアメリカの名アンカー、ディビッド・リップマンはすぐさま行動を起こし、汎用ネットワーク・システム「ネビュラ」を最大限に活用して、現場に居合わせた数千人への取材を行った。



「私がその爆発を見たのはパーティでのスピーチの最中でした」

慌てて避難したせいか白いシャツをあちこち汚し、破れたジャケットを腕に抱えた恰幅のよいブラジル国籍の中年の紳士は、蝶ネクタイを緩め、閉じた隔壁を背にして淡々と状況をリポートする。彼の声に合わせて、録画されていた事故当時の彼の視点の映像が流された。


 笑顔でパーティに参加する様々な姿の人々がいる。鮮やかな民族衣装と、落ち着いたフォーマルな装いの人々が混じり合っている。スピーチがひと段落して、会場は盛り上がって拍手が鳴りやまない。その騒がしさに飽き飽きしたかのように、視線がゆっくりと展望用の窓へと移っていく。ガラスの窓は天井から壁全体に継ぎ目なく広がり、真っ黒な宇宙空間と、視野の右手半分を覆い尽くす巨大な地球の青い輪郭を映し出した。


「ちょうどこの左側の端のところです。最初に異変に気づいてよく見ようと目を凝らしたとき、爆発はさらに二つ、三つと立て続けに起こりました」

 紳士の目がズームアップすると、窓の外で銀色の構造物が大きく膨らんで炎を吹き出し、破裂したクラッカーのように四方に破片を撒き散らす様が大写しになった。

「あの銀色の構造物は何でしょうか?」

 ジャーナリストのリップマンの声が割り込む。


 グラス・リングの全体像が立体で映し出された。それはドーナツの穴の真ん中を棒で貫いたような形をしていて、ドーナツの部分が回転するガラス張りの居住区になっており、中心を縦に貫くシャフト部分に生命維持に必要な様々な施設や宇宙船の発着場が配置されている。爆発した構造物はそのシャフトの端寄りにあった。


 カメラが切り替わり、爆発が起きた場所にいた人物が映し出された。真っ黒な煤と消火剤の泡にまみれたツナギの作業着姿のアメリカ国籍の女性が後を引き継ぐ。

「この施設は宇宙ステーション内に供給される酸素を製造し、送り返されてきた二酸化炭素を処理する化学プラントです」

「爆発の規模はどのくらいでしょうか?」

「施設のあちこちで予測できない爆発が起きています。液体酸素を満たしたタンクを繋ぐ装置に誤作動が起きているようなのですが、状況の把握がまだ追いついていません」

「さらにこの後も爆発が起こる可能性は?」

「それは……」

 リップマンの質問に答える間もなく、女性は同僚から渡された与圧服を急いで着るように指示され、そちらにかかりきりになった。施設内には黒い煙が充満している。


 リップマンは冷静にニュースを続ける。

「彼らの無事を祈りたいと思います。酸素製造プラントが破壊されたとなると、宇宙ステーション内の酸素は大丈夫なのでしょうか?」

 グラス・リング防災監視センターにカメラが切り替わる。

 警備の制服を着たイギリス国籍の初老の男性が映し出された。痩せた頬に灰色の口髭が印象的だ。

「グラス・リング内には十二の酸素製造プラントがあり、今回の爆発で破壊されたのはその一つにすぎません。ですから、建物内の酸素が失われる恐れはありません」

「事故の原因は何でしょうか?」

「それはまだ……、調査してみなければお答えできません」

「こちらに入った情報によりますと、最初に受注した工事業者とは別の業者が工事に関わっていたようなのですが」

「それはお答えできません」


 そのとき、リップマンはうわずるような声を上げた。

「おっと、ここで緊急ニュースです。グラス・リング航空宇宙管制センターからの報告によりますと、さきほどとは別の酸素製造プラントでもたった今、新たな爆発が発生し、その破片に巻き込まれたスペースプレーンが一機、宇宙ステーションの側面に突っ込んだとのことです。くそっ」

 彼に適切な言葉を選ぶ余裕も与えず、事故はさらに拡大していく。太陽系に散らばった人々はそのニュースから一時も目を離すことができず、宇宙開発史上おそらくもっとも大勢の人間を巻き込んだこの惨劇を、ただ遠くから見守ることしかできなかった。



 年齢的にネビュラへの接続を許されていない十四歳の少女、桃井華(ももいはな)は、世界の騒ぎからまったく取り残されて、この事故の真っただ中にいた。

 事故が起こる直前のパーティ会場には、様々な姿かたち、様々な言葉を喋る人々が溢れかえっていた。立食形式で皿を持ち、どこへ行くのも自由だ。みなはネビュラで自動翻訳されるそれぞれの言葉を、相手に気兼ねなく思い思いに使用していた。おかげで華にはその内容がまったくちんぷんかんぷんだった。


「お姉ちゃん、冬休みの宿題終わった?」

 真っ黒な宇宙と巨大な地球を背景に、ガラス際に並ぶ椅子に座って黙々と食べていた妹の(つばさ)が、間が持たなくなったらしく、そんな質問をしてきた。華にとっては一番不愉快な質問だったが、大好きな妹に嫌な顔は見せられない。

 隣り同士の椅子に座る姉妹は、短い髪をきっちりと切りそろえ、おそろいの白ワンピースを着ている。

「宿題はほとんど終わってるんだけど、ひとつだけ全然手がつけられないんだ。……例の作文のやつ」

「将来なりたい仕事について?」

「そう……」

「早く決めとかないと、無駄な授業受けさせられて、大事な若い時間を無駄にしちゃうよ」

「わかってる。でも、そういうあんたは決めてるの?」

「決めてるよ」

「なあに?」

「えへへ、内緒。お姉ちゃんが決めたら教えてあげる」

「なにそれ」


 華は椅子を飛び降りてテーブルに向かうと、手元の皿を料理で山盛りにした。

「お肉ちょうだい」

「はいはい」

 隣りにぴったりくっついている妹にも取り分けてやる。

 ガラス際に戻った二人は、また黙って食べ始めた。シックな和服姿の父と母はお酒を飲んで上機嫌で、見ず知らずの外国の人たちと談笑している。青い目がきれいな白人の夫婦で、二人ともがっちりした体格をしている。白人の婦人は最近では珍しいざっくりと肌を露出した赤いドレスを身にまとっている。懐古趣味で時代遅れの部類だ。

「あの人たち、どんなお仕事してるんだろう?」

 そう華が小さく呟く。

「意外に、お父さんたちと同じ大工さんかもよ」

「だから話が盛り上がってるのか……」


 すると、司会の男性が突然マイクを持ってみんなに呼びかけた。

「会場にお集まりの紳士淑女の皆さん、これより、このグラス・リングのオーナーでありソラリ・スペースライン・グループ会長、クリスチャン・バラードから、みなさんへの歓迎のご挨拶を行いたいと思います」

 英語だったが、そのくらいなら華にだって聞き取れる。

 華と翼は椅子から降りると、手に持っていた皿をテーブルに置き、ナプキンで口を拭った。


 すぐ横にいた、恰幅のよくて彫りの深い中年の男性が大きく拍手すると、それに続いて会場が拍手でいっぱいになった。

 広間の中央に立つ円筒形の透明なスクリーンに、豊かに歳を重ねて穏やかな顔をした白髪の老紳士が立体的に映し出された。優しげな瞳で会場を見渡すと(彼の目にみんなの姿が見えているかどうかは華にはうかがい知れない)、彼はゆっくりとした聞き取りやすい英語で話を始めた。彼の顔の下に、パーティに参加している子供たちの言語の数だけの字幕が流れている。あまりに種類が多くて、日本語のものを見つけるのに苦労した。


 老紳士クリスチャン・バラードは、みんなに自分の顔が見えるようにゆっくりと回転しながらスピーチを始めた。

「よく私の招待に応じてくれました、宇宙を目指す同志たちよ。私はあなたたちに強い友情を感じます」

 軽い挨拶の後、彼の目がひときわ鋭く輝いて、こう言った。

「宇宙は誰の前にも開かれていなければなりません。そのために我々は教育にもっとも力を入れてきました。世界中の子供たちが平等に、受けたい教育を無償で受けられる社会を作ること、それが我々の悲願であり、今日、それは見事に達成されました」

 会場にいる様々な国籍の子供たちに向かって、大人たちの優しい微笑みが注がれる。ありがたいことに、華は今年の春からその教育システムの恩恵を受けることになっている。


「宇宙が我々にもたらす利益は莫大なものです。かつて、宇宙エレベーターの建造が発表されたとき、人々の反応は冷ややかでした。宇宙で何をするのかと、いったい何があるのかと、誰もが肩をすくめて批判したものです。しかし、今日、そうやって笑う者はいません」

 会場に大きな拍手が起きた。それが収まるのを待って、バラードは話を続ける。


「宇宙太陽光発電はエネルギー問題を解決し、地球温暖化の進行を食い止めました。月の資源は我々の新しい移動手段となる核融合エンジンを可能にしました。火星と木星との間に広がる小惑星帯は、地球では希少な鉱物資源の宝庫であります。金星の二酸化炭素や木星の水素やヘリウムの利用も今や思いのままです。こうした資源を使って、私たちソラリ・スペースライン・グループでは、宇宙ステーションやスペースコロニーの建造をあと五年で十倍に増やす計画を立てています。宇宙への進出は人類に与えられた使命と呼べましょう。そのためにはみなさんの投資が不可欠です。こうしてみなさんを無料で宇宙の旅にご招待したのは他でもありません。地上にお帰りになってから、宇宙の素晴らしさを周りの人たちにお伝えください。みなさんが宇宙にもっと興味を持ち、もっとたくさんの人々が宇宙へ進出できるよう、世論を盛り上げていただきたい。そうやって得られた利益は子供たちの教育や世界の貧困の解決に還元され、世界はますます平和となるでしょう」

 ひときわ大きな拍手が沸き起こった。それはいつまでも続くかのようだった。あまりに長く続くので、バラードは両手を上げてみんなを制しなければならなかった。彼が満足そうに何度も両手を上げ下げしているとき、それは起きた。


 華と翼の横にいた恰幅のよい中年の紳士が、彫りの深い目を見開いて、窓の外に向かって大きな声を上げた。

「あれは何だ?」

 赤く鋭い閃光がいくつも連続して視野の端に見えた。地球の青い輝きのちょうど反対側だ。光の他には、音も何もなかった。それから遅れて、地響きのような振動が伝わってきた。

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