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第6話

 その日は、姫の15回目の誕生日だった。

 国を挙げての誕生日を祝う行事になり、近隣諸国の王侯貴族たちも招かれた。


 本来なら国内だけでのお祝いだった。

 しかし、来年には姫はある青年と結婚をする。すでに5年前に婚約したことは他国にも知れ渡っていたが、姫の相手は紹介していなかった。

 結婚まで一年となった今年、正式に婚約者として近隣諸国にも紹介しようと国王が思い立ち、盛大な舞踏会を開くことになったのだ。



「姫様、こちらのダイヤの髪飾りはいかがでしょうか?」

「いいえ、こちらのサファイヤの方が、姫様に似合いますわ」

 朝から姫付きの侍女たちが、夕方から行われる姫の身支度にバタバタと走り回っていた。

 侍女長は姫にダイヤの髪飾りを勧めれば、二番目に長い経歴の侍女は姫の瞳と同じ色のサファイアの髪飾りを勧める…ということを。かれこれ二時間ほど繰り返している。

 いつまで経っても終わらない論争に、姫はソファに座りながら大きな溜息を吐きながら眺めていた。


 その時、ドアがノックされた。

 近くにいた使用人が対応すると、1人の青年が姿を見せた。

 国王の側近をしており、5年前に姫と婚約した緑色の瞳を持つ青年だ。

「随分と賑やかですが、お邪魔してもいいのでしょうか?」

 あちこちに散らかった衣装やアクセサリーの散乱は、とても姫の部屋とは思えなかった。使用人たちはすぐに散らかっている衣装などを片付け、青年を中へと招き入れた。

「何があったのですか?」

 あまりの散らかりように、また姫が暴れたのかと心配した青年は侍女長に状況を聞き出した。

「姫様が今夜の舞踏会でお付けになられるアクセサリーをお決めになられないのです」

「ですのでわたくしたちは姫様に似合う物を提案してるのですが、ご本人が乗り気でなくて…」

「なるほど」

 侍女長たちの言葉に青年はすぐに状況を把握した。

 長い間、姫の側にいるだけあって、今の姫が何を考えているのかすぐにわかったようだ。

「すみませんが、侍女長以外の方は席をはずしてただけませんか? すぐに姫の身支度を整えます」

「ですが…」

「お時間は取らせません。心配でしたら扉の前でお待ちいただいても構いません」

 青年の言葉に若い使用人たちは困惑した顔を見せたが、侍女長とアクセサリー選びをしていた侍女はすぐにその言葉に従った。姫の機嫌を取る青年のやりかたなのだ。経歴が長いだけあって侍女は困惑している使用人たちを全員部屋から連れ出した。

 扉が閉まるのを確認した青年は、姫のいるソファの前まで歩み寄り、片膝を付いた。

「姫、ご気分はいかがですか?」

 青年の問いかけに、姫は大きな溜息を吐いた。

「最悪。朝早くから起こされて、何一つ決まらないんだもん」

「それは姫が決めないからではないでしょうか?」

「だって、気に入った物がないんだもん」

「では、何故、前もって気に入った物をご注文されなかったのですか?」

「自分でデザインしたい!って言ったのに、誰も聞いてくれなかったんだもん。どうせ何を言っても意見なんて通らないのなら、勝手に決めればいいのよ」

「何故わたしに相談してくれなかったのですか?」

「お父様とのお仕事が忙しそうだったから…」

「昔の姫なら、無理にでも飛び込んできましたよね?」

「もう子供じゃないもん」

「そうやって拗ねるのは子供ですよ」

「だって~」

「今からなら、簡単な髪飾りぐらいなら作れますよ」

「本当!?」

「わたしの姉が得意ですから、すぐに呼びましょう。その前に姫はやらなければならない事があります」

「わかった!! デザインね!?」

「違います。この部屋の片づけです。いくらわたしの姉でも、客人です。この部屋は客人を迎える部屋ではありません」

「……片づけたらデザインを考えてもいい?」

「もちろんです」

「わかったわ! すぐに取り掛かります!」

 スクっと立ち上がった姫は、散らかっている衣装を衣裳部屋に放り込み始めた。

 側で見ていた侍女長は「放り込まないでください!」と注意していたが、姫は聞く耳を持たなかった。

「侍女長殿。そういうことですので、姉を迎えに行ってもよろしいですか?」

「は…はい」

「戻るまでに部屋の片づけをお願いします」

「か…かしこまりました」

 侍女長は姫の雑な片づけを注意しながら、青年を見送った。


 青年の姉は急な申し出にも関わらず、快く引き受けてくれた。姫の参考になれればと今までにいくつか作ったアクセサリーを持参した。

「簡単な物ですと、リボンを使った物がよろしいかと思います。こちらは三本のリボンを短く切り揃えて、糸を通してひとまとめにした物です。ただ針で糸を通すだけですので簡単に作れます。こちらは一本の幅のあるリボンの片側に糸を通し、少し絞って波を作りクルクルと巻いただけです。リボンだけでは淋しいので小さな宝石を縫い付けています」

 青年の姉が持参した手作りのアクセサリーは、コサージュや髪飾りに使えそうなものばかりだった。

 パッと見た感じ複雑そうに見えるが、やり方を聞いていると簡単にできるように思える。

 だが、姫が作りたいイメージではなかったようで、何度も「う~ん」と唸っては「違う」となかなかアイデアが纏まらなかった。

「では、色から決めましょう。姫様の髪は亜麻色ですので、濃い色は似合いません。薄い色がいいのですが……そうですね……白や薄い黄色などいかがでしょうか? 薄い紫などもお似合いですよ」

 何本かのリボンを姫の髪に当てながら、何色か選んでくれた。青年の姉が選んでくれたのは白、薄い黄色、薄紫の三色。

「今日の舞踏会では何色のドレスをお召しになりますか?」

「たしか……空色って聞いたけど……」

「でしたら白にいたしましょう。ちょうどいい物を持っていますの」

 見たこともない植物で編み込まれた小箱を取り出した青年の姉は、その小箱の中から白い小さな丸い物を取り出した。よく見るとそれは薔薇の花の形をしていた。

「薔薇の花!? これ、手作りなの!?」

「ええ。一本のリボンから作ったんですよ。幅の広さによって大きさが変えられるんです。土台はわたくしが作りますので、姫様は薔薇の花をどのように配置するのかお考え下さい。何色か作ってありますので色々と試してくださいね」

 青年の姉はすでに作られていた髪飾りのパーツを取り、土台を取り出した。

 ワクワクしながら小さな薔薇の花をいくつか選んでいると、姫は手を止めた。

「どうかされましたか?」

 テーブルの上に並べられた白い薔薇の花を見た青年の姉は不思議そうに覗き込んだ。

 6個の白い薔薇の花は円を描いており、その中央には何も置かれていなかった。

「ここに緑色の薔薇を置くことは出来る?」

「緑色ですか? 土台や周りの薔薇を白で統一すれば可能だと思いますが……でも、どうして緑なんですか?」

「だって、あの人の瞳の色だもん。お揃いにしたいの」

 ほんのりと頬を染める姫は、はにかんだ笑みを見せた。

 その姫の笑みに、青年の姉は優しく微笑み返した。

「でしたらこんな提案があるのですが…」

 青年の姉は姫の耳元である提案を囁いた。その提案に姫はパーッと顔を輝かせ「うん!!」と大きく頷いた。


 姫と青年の姉は夕方の舞踏会に間に合う様に、急いでアクセサリーを作った。ほぼ青年の姉が作ったに等しいが、それでも自分の意見が取り入れられたことが嬉しくて、姫の顔は終始笑顔だった。

 そして、青年の姉が提案した「姫の髪飾りとお揃いのコサージュを作る」作業も同時に進められ、中央にエメラルド色のリボンで作られた薔薇の花を付けた姫の髪飾りと同じ形のコサージュが完成した。コサージュの中央には空色のリボンで作られた薔薇の花があり、姫の青い瞳を表している。


 きっと喜んでくれる。

 姫はコサージュを渡した時の青年の顔を思い浮かべて、顔を緩ませていた。





 風は強くなく、大きな波が来る気配もなく、サーファーたちは海から上がり始めた。

 夏稀も海から上がってきた。

「あら、もういいの?」

 パラソルの下で、白いリボンを器用に薔薇の形に作っていた百合香が、上がってきた夏稀を出迎えた。

 百合香の隣では穏やかな寝顔を見せながら奏美が眠っており、その反対側では「百合香ちゃ~~ん」と寝言を言いながら爆睡している潤哉の姿があった。

「よくこんなところで寝れるよな」

「ジュン君の事? 仕方ないわよ。ジュン君ったら朝までゲームやっていたんだから」

「いや、義兄貴の事じゃない。こっちの…」

「奏美ちゃんのこと? 奏美ちゃんも寝れなかったのかな?」

「……あのさ、姉貴……」

「何?」

「……別にいいや。着替えてくる」

 何か聞こうとした夏稀だったが、奏美の寝顔を見た途端、何も聞かずにその場から去っていった。

 去っていく夏稀の後ろ姿を見送った百合香は、顎に手を当てながら「う~ん?」と唸った。

「どうしたの? 百合香ちゃん」

 爆睡していたはずの潤哉が、唸っている百合香に目を擦りながら声を掛けた。

「なっちゃんって、奏美ちゃんに気があるのかな!?」

 潤哉を見てきた百合香の目がキラキラと輝いていた。

「はぁ?」

「だって、だって、爆睡しているジュン君に目もくれずに、奏美ちゃんの事を気にしていたのよ! これって、奏美ちゃんに気があるってことだよね!?」

「おいおい」

「うわぁ~~!! ちゃんとサポートしなくちゃ!!!」

 自分の世界へ飛び立ってしまった百合香を止める事は、夫の潤哉でもできなかった。


 キャーキャーと騒ぐ百合香を横目に、潤哉は大きなため息を吐いた。

「あいつの一生分の恋愛は、もう終わってるよ」

 そう呟く彼の声も百合香には届かなかった。

 そして、夢の中の奏美は、百合香がどんなに騒いでも目覚めることはなかった。



                <つづく>



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