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第3話

「姫様!! 姫様!!」

「どちらにいらっしゃいますか!」

「姫様!!」

 王宮の庭を大勢の使用人たちが声を張り上げながら姫を探していた。


 数分前、勉強を抜け出した姫は、いまだに見つかっていない。

 隠れるのが得意な姫を見つけられる使用には一人もいないのだ。



 中庭を探す乳母は、前方から一人の青年が歩いてくるのに気付いた。

 その青年は軍人なのだろう。青い軍服に身を包み、腰には剣を携えていた。

「どうかされましたか?」

 真っ青な顔で姫の名前を呼び続ける乳母に、青年が声を掛けた。

「ちょうどよい所に……姫様……姫様をお見かけになりませんでしたか?」

 息も絶え絶えに話す乳母は、今にも倒れ込みそうだった。

「いえ、見かけておりません」

「もし見つけたら、速攻でお部屋に連れてきてください。いいですね!」

「はぁ…」

「まったく、姫様には呆れます。いつもお勉強の時間になると姿を消すんですから! 一度、お説教をしなくてはいけませんね!」

 乳母は姫に対する文句を言いながら、青年の前から去っていった。

 姫が姿を消すのは今に始まった事ではない。どうせ食事の時間になったら自分から姿を見せるのだから…と、青年は特に心配している様子はなかった。

 本来の目的である国王陛下の元へと向かおうと歩み始めた青年は、綺麗に整えられた生け垣から淡いピンク色のドレスの裾が見えているのに気付いた。まさに「見つけてください!」と言っているかのように、生け垣の中から小さな可愛らしい手で何度もドレスの裾を整えていた。時折クスクスと可愛らしい笑い声も聞こえる。

 青年はその光景に気付いたが、特に気に止めることもなく、その横を素通りした。


 お目当ての人が通り過ぎたことに、生け垣の中の人物は驚き、急いで青年が歩みを進める先へと先回りし、また同じように生け垣の中からドレスの裾を覗かせた。

 だが、青年は再び無視し、先へと歩み続けた。

 それを3~4回繰り返すと、生け垣の中にいた人物は痺れを切らし、青年の前に立ちふさがろうと勢い良く生け垣から飛び出した。

「なんで無視するの!?」

 青年の前に立ちふさがったのは、淡いピンク色のドレスを身に纏い、亜麻色の長い髪を結い上げることなく腰まで伸ばしている一人の少女だった。

「無視はしていません。自分の用事を済ます為に、先を急いでいるだけです」

「それでも声ぐらいかけるもんでしょ!?」

「声をかけてどうされるのですか? わたくしが声を掛けたら素直に出てきてくれたのですか? そのままあなたを小脇に抱えて乳母殿に差し出してもよろしかったのですか?」

 淡々と答える青年に、少女は「うっ…」と言葉を詰まらせた。

「先を急ぎますので失礼します」

「待って!」

 歩き出そうとした青年を、少女は両手を広げて止めた。

「姫、通してください」

「イヤ!」

「姫」

「わたしの用事が先!」

「陛下に呼ばれているんです」

「と…父様の用事よりも、わたしが先!」

 意地でも動こうとしない少女(姫)を見て、青年は大きな溜息を吐いた。

 そして、姫の視線と同じ高さになるまでその場に片膝を付いた。

「姫、ご用件をお申し付けください」

 今まで青年を見上げていたのに、急に視線が同じになり、姫は彼の緑色の瞳にドキッとした。20cmほどの差があるため、こうして間近で彼の瞳を見ることはあまりない。予想もしなかった行動に動揺している。

「あ…あの……その……」

「ご用件を」

 急に顔を赤らめてモジモジしだした姫とは対照的に、青年は無表情のままだった。

「あ…明日、わたしの誕生日よ! 忘れてないでしょうね!?」

「ええ、もちろん。明日は姫の10回目の誕生日です」

「プレゼント! わたしが喜ぶプレゼント、用意した!?」

「それはお教えできません」

「なんで!? 教えてよ!!」

「楽しみは取っておくものです。ですが、今すぐに姫を喜ばせることはできます」

「本当!? 何!? 何!?」

 青年は「失礼します」と一言断って、姫の髪に手を伸ばした。

(も…もしかして!?)

 そろそろ恋という物に興味を示す年頃の姫。この先の展開に興味津々だった。


 が、青年は姫の期待を裏切り、姫を肩に担ぎあげ立ち上がった。

 急に地面が遠くなり、姫は暴れ出した。

「何するのよ!!」

「姫が喜ぶ事です」

「誰も喜ばないわよ!! 降ろして!!」

「いいえ、降ろしません。今から陛下の処へお連れします。勉強を抜け出した罰です」

「イヤ~~!!! 誰か助けて~~!!!」

 青年の肩の上で必死に暴れる姫。青年はビクともせず、姫を担ぎ上げたまま本来の目的の場所へと向かった。


 周りには2人の光景を微笑ましく見守る人たちが集まっていた。

 青年と姫のこのやり取りは、もう5年も前から続けられている。我儘に育った姫は大人のいう事に耳を傾けないが、この青年のいう事だけは聞く。昨年までは教育係を務めていた青年は、今は国王の側近の立場の為、姫と接することは少なくなったが、出会えば同じような光景が繰り広げられる。


「微笑ましい光景ですわ」

「今日も姫様の負けですわね」

 王宮の二階の窓から庭園を見ていた2人の貴婦人が微笑みあいながら、2人のやり取りを見守っていた。

 その貴婦人の隣に立ち、同じように庭園を見守っている男性がいた。この国の国王で姫の父親だ。国王は青年と姫を見て微かに微笑んでいた。

「陛下、やはり【あの考え】は変えられないのですか?」

 国王の妹に当たる貴婦人は国王に訊ねた。

 すると国王は大きく頷いた。

「残念だ。彼ほどの実力なら、わたしの娘婿として跡を継がせようと考えていたのに」

 部屋の奥から男性の声が聞こえた。

 ソファに座り、優雅にお茶を飲んでいたのは近衛隊の隊長をしている男性。国王の妹の夫だ。

 その隣には、もう1人の貴婦人の夫もお茶を飲んでいた。

「でも、年が離れすぎていませんか? 姫様は明日で10歳。彼は……彼はいくつだったかしら?」

 国王の妹がもう1人の貴婦人に訊ねた。

「たしか…この国にいらしたときに19と申していましたわ。あれから5年経ちましたので今年24のはずですわ」

 そう答えた貴婦人は、青年の養母。国王の父の妹の娘だ。

「年の差など気にしない。あのじゃじゃ馬を扱えるのは彼だけだ」

「では、正式に発表されるのですね?」

「そのつもりでいる。この国に彼は必要だ」

 国王の言葉に、2人の男性は頷いた。

 男性の妻たちも頷いた。


 国王が発表しようとしているのは、青年と姫の婚約。青年は5年前にこの国にやってきた。旅を続けていると彼は言うが、武術や知識はこの国の達人たちでも敵わなかった。国のリーダーに相応しいと国王が認めたのだ。

 彼がこの国のリーダーになれば、国は安泰する。

 国王は国の未来を青年に託すことを決めたのだ。



 だが、姫はまだ10歳。この国では16歳にならないと、たとえ王族でも結婚は許されない。

 婚約はするが、結婚は姫が16になってから。それが条件だった。


 この婚約は明るい未来を呼ぶはずだった。

 これからの国の安泰を約束されるはずだった。


 それなのに、国は亡びる道を歩まなくてはならなかった……。





 カーテンの隙間から差し込む光が、いつの間にか寝てしまった夏稀の顔を照らした。

 まぶしい光に目を覚ました夏稀はベッドサイドの置かれた時計を見た。もうすぐ7時になろうとしていた。

「…夢…?」

 さっきまで懐かしい雰囲気に包まれていた気がした。

 どんな夢を見ていたのか思い出そうとしても思い出せない。

 ただ、1人の人物の顔だけは鮮明に覚えている。


 亜麻色の髪に、青い瞳の少女。

 夢の中で姫と呼ばれていたあの少女。


 教授から借りた本にも、亜麻色の長い髪の、青い瞳を持つ姫の記述が載っていた。夢の中では姫は誰からも愛される存在だった。我儘で手がかかる姫だが憎む人はいなかった。

 だが、この本の著者であろう貴族の娘は姫の事を憎んでいるようだった。


『姫が憎い。

 姫が憎い。

 なぜ姫は手に入れ、わたしは手に入れられない。

 すぐ側にあるのに!』


 最初は姫として生まれた少女と、貴族の娘として生まれた著者の待遇の違いかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。著者の娘は姫と婚約する青年に恋をしていたようだ。

 青年と姫の婚約後、貴族の娘は姫に対して【何か】をしたようだ。本の後半は著者の後悔の言葉と謝罪の言葉しかなかった。


『わたしは罪を犯してしまった。

 人を憎んでしまったために、大きな罪を背負ってしまった。

 この罪からは逃げることができない』


 娘が犯した罪は詳しくは書かれていなかった。

 対となる黒い羽根の絵が描かれた本にも書かれていなかった。

 この著者が犯した罪が国を滅亡へと導いたのだろうか。

 それとも別の事なのだろうか……。


 資料が少なすぎる為、解明には多くの時間を必要とするだろう。

 夏稀は教授に会うことを決めた。

 もっと詳しい事を聞かなければ、この二冊の本の解読は不可能に近い。

 大学に行けば出会えるだろう。そう決めた夏稀は出かける為、支度を始めた。


 その時、机の上に放置していた携帯がけたたましく鳴り響いた。






 自分の書斎で夜を明かした教授は、ハガキサイズの肖像画を見つめていた。

 先祖代々受け継がれてきた大切な物。不思議と色は褪せておらず、同時の色を残している肖像画には2人の人物が描かれていた。

 1人は丸い顔に大きな瞳が特徴の可愛らしい娘。

 もう1人は……明るい茶髪に緑色の瞳を持つ青年。その顔は、自分が持っていた解読できない本を和訳してほしいと頼んだ青年・夏稀と瓜二つだった。

「君は、何を知っているんだい?」

 教授は肖像画の中の青年に語り掛けた。

 そして、机の上に置かれた一冊の本に目を移した。その本は一人の少女の肖像画が描かれたページが開かれていた。

 亜麻色の髪を結い上げ、澄んだ青い瞳を持つその少女の肖像画は、教授が「孫娘」として接している奏美にそっくりだった。


                 <つづく>


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