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第1話

「ごめんなさい」


 告白した男子生徒は、頭を下げる目の前の女子生徒から目が離せなかった。

 告白してたった0.1秒で断ってきたのだ。そりゃ驚くだろう。

「あ…えっと……あの…」

 男子生徒は動揺で言葉が出てこなかった。

 それでも女子生徒は頭を下げ続けたまま、

「ごめんなさい」

と二度目の断りを入れた。

「…えっと……こっちこそごめん」

 男子生徒はなんで自分が謝っているんだ?と疑問に思いながら、その場から去った。


 去っていく男子生徒の姿が見えなくなるまで女子生徒は頭を下げ続けていた。

 ふわっとした風が吹くと、女子生徒はやっと顔をあげた。

 亜麻色の長い髪に、澄んだコバルトブルー瞳。

 日本人の顔だちをしているのに、髪の色と目の色は外国人を思わせる。


 女子生徒は空を見上げた。

「わたしは、人を愛することができないの」

 そう呟く女子生徒の頬に一筋の涙がこぼれた。



 女子生徒は二週間前に転校してきた。

 亜麻色の髪に青く澄んだ瞳を持つ彼女に惚れる男子生徒が多発し、毎日のように告白される。

 まだ学校生活にも慣れていないのに、告白してくる男子生徒の多さにうんざりしていた。



「はぁ!? また断った!?」

 教室に戻ると、転校初日からなにかと世話をしてくれるクラスメイト・瑠香るかが驚きの声をあげた。

 女子生徒・奏美かなみが小さく頷くと瑠香は多くなため息を吐いた。

「あのさ、いままで告白してきたのは学校の人気者ばっかりだよ? そのうちファンの子から酷い目にあうよ」

「だって……まだ転校してきて二週間しか経っていないんだもの。名前すら知らない人から告白されても嬉しくないよ」

「まあ、確かにそうだけどさ。せめて『お友達なら』って言えないの?」

「関わりを持ちたくない」

「なんで?」

「……」

「好きな人がいるから…とか?」

 瑠香の言葉に奏美は激しく首を横に振った。

「男嫌い?」

「そうじゃないけど…」

「どうして断るのか、その理由をちゃんと言わないと、また明日から告白の嵐だよ?」

 机に頬杖を突きながら瑠香は呆れた顔を見せた。

 瑠香はまだ異性から告白されたことはない。高校一年にもなって、初恋もまだだと言う。

「だって、焦ってもいい男は現れないもん」

と瑠香は悟りきっていた。



 その日、奏美に告白してくる男子生徒はいなかったが、告白を断られた男子生徒のファンたちが、奏美に冷たい視線を投げかけていた。

 ただでさえ目立つ亜麻色の髪は、廊下を歩けば誰もが振り返る。好きでこの髪の色になったわけではない。生まれた時からこの色だった。幸いなことに校則に頭髪に色は自由となっているため、教師から怒られることはないが、校内で髪を染めている人は少なく、どんなに影を潜めても生徒たちの目に入ってしまうのだ。



 校内での冷たい視線を逃れ帰路に着いた奏美は、家の近くまで来ると大きな溜息を吐いた。

「やっぱり、家から出なければよかった…」

 一緒に住む祖父からは、何度も家から出るなと注意されていた。祖父は今まで住む場所を何度も変え、その度に奏美を家の中に閉じ込めていた。

 ところが二週間前、突然高校に行くように告げた。休日の外出や放課後の行動も制限はあるが、学校にいる間だけは自由が与えられている。

 再び大きな溜息を吐いた奏美は、家に向かって歩き出した。


 家の前まで来ると、玄関先に祖父がいた。

 一人ではなかった。祖父は30代前半頃の若い男の人と話していた。なにか真剣な話をしているのだろうか。2人から表情は無くなっていた。

 しばらくして、祖父は家の中に入った。その祖父を若い男の人は頭を下げて見送っていたが、玄関が閉まる音が聞こえると、頭を下げたまま口角を上げ不気味な笑みを浮かべていた。


 その若い男に目を奪われ、道路を挟んだ反対側から離れずにいた奏美。

 この男と関わってはいけないと頭の中に警告音が鳴り響いていた。それでも足が竦んで動くことができなかった。

 下げていた頭を上げ、こちらに振り向こうとしたその時、奏美の目の前に一台の車が止まり、運転席から背の高い一人の青年が下りてきた。その車が左ハンドルだったため、降りてきた青年は奏美を隠すような形になった。

 突然目の前に塞がるように立ちふさがった青年を奏美は見上げた。サングラスを掛け顔は分からないが、明るい茶髪には目が行く。

 玄関前にいた男が立ち去るまで、青年はその男のことをずっと見ていた。男はそれに気づいていないようだ。

 男が完全に姿を消すと、青年は車に乗り込み、そのまま走り去ってしまった。



 ほんの数分の出来事なのに、とても長く感じた。


 頭の中で警告音が鳴り響いた謎の男。

 表情を無くした祖父。


 そしてタイミングよく現れ、自分を隠すように立ちはだかった青年。


 奏美は自分が関わってはいけない気がした。

 今までにない大きな胸騒ぎを感じた。




 家の中に入ろうと足を踏み出そうとしたその時、誰かが肩を叩いてきた。

 びっくりして驚いた表情で振り向くと、勢いよく振り向いた奏美に驚いた一人の女性が立っていた。

「ごめんね、びっくりさせちゃった?」

 女性は、奏美に謝ってきた。

 肩を叩いてきたのは、近くのマンションに住む専業主婦の女性だった。買い物の帰りなのかスーパーの袋を右手にぶら下げていた。

「元気ないけど、何かあったの?」

「……いえ……」

 「本当に?」と彼女に顔を覗き込む女性は紫色の瞳をしていた。


 この瞳の色、どこかで見たことがある…。


 どこかで見たことがあるその瞳に、奏美は女性の顔をジッと見つめていた。

「どうしたの?」

 女性の声で我に返り、咄嗟に眼を逸らした。

「いえ、別に……」

「何か悩み事でもあるの? よかったら相談に乗るわよ」

 他人と関わりたくないと思っているのに、この女性は見かけるたびに声をかけてくる。奏美が避けても、女性は必ず挨拶してくる。

 奏美も女性の事が嫌ではなかった。この人ならなんでも話せる気がした。

 そして、女性の紫色に瞳も、その優しさも、遠い遠い昔に触れたことがある…?

 なかなか話そうとしない奏美に、女性は

「そうだ! 今度の日曜日、一緒に海に行かない?」

と話題を変えてきた。

「…海?」

「ええ。半分は弟の趣味に付き合う形になるんだけど、もし用事がないのなら一緒にどうかな?」

「……でも……」

「無理ならいいのよ」

「……」

「じゃあ、こうしよ。日曜日の午前10時に、ここに迎えに来るから、家の前にあなたがいたら一緒にドライブにく。行きたくなかったら出てこなくていいわ」

 強引に決める女性に、奏美は嫌とは言えなかった。

 奏美は小さく頷いた。

「決まりね! 日曜日、楽しみにしているね!」

 女性は奏美の手を握り、何度も何度もブンブンと振り回した。


 一緒に出掛けようと誘ってきたのは女性が初めてだった。

 突然いなくなってもいいように、極力誰とも関わらない事を決めていた。

 でも、あの女性だけは、出会えば声をかけてきてくれる。しかも家の近くで必ず声をかけてくる。

「本当は関わりたくないのに…」

 そう思いながらも、あの紫の瞳には魅力を感じるし、頼りたい心も芽生える。

 やっぱり、どこかで出会っている?

「そんなはずはない」

 奏美は自分にそう言い聞かせて、家の中へと入っていった。




 家に入ると、リビングにソファに座って、祖父が頭を抱えていた。

「あ…あの……ただいま戻りました…」

 奏美が帰宅の挨拶をすると、祖父は顔を上げ彼女を見つめた。

 返事が返ってくるかと思ったが、祖父はソファから立ち上がり、何も発せずに彼女の隣を通り抜け、自分の書斎に入ってしまった。

 書斎のドアが閉まる音が聞こえた。

「…だから言ったのに。わたしに関わると不幸になるって」

 その場に立ち尽くしたまま、奏美はあふれる涙をこらえていた。


 奏美にとって祖父はただの祖父ではなかった。

 十数年前までは父親だった。

 父と呼ぶ前は夫だった。ある日を境に【父】と呼び、さらに年月が経ち【祖父】になった。


 なぜなら、夫は年月が経つにつれ年を重ね老いていき、「妻」だった奏美は何年経っても17歳のまま年を取らなかった。それが住む場所を定期的に変え、家の中に閉じ込めていた原因でもあった。



 なぜ年を取らないのか…。

 それは奏美の『過去』が大きく関わっていた。



                 <つづく>



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