白銀の鹿は出遅れる
遅かった。
ここがゲームの世界と同じであることを自覚した時には、既に私は出遅れていた。
フェルリアンナ・カトレア伯爵令嬢、それがわたしの今の全うすべき名前である。
この御国の数少ない名のある貴族の末裔であり、王太子殿下の婚約者候補第一である。
恙無く王妃教育を受け、領民と信頼を築き、貴族社会でもコミュニティを広げており、現在どの立場の皆様においても異論を申すことのできない存在として君臨しているとさえ謳われている。
今まで自身の生き方や、在り方を磨きはすれども違和感を持ったことはない。
それがどうだろうか。
あの日、学園の入学式。
王太子殿下が黄色い髪の少女を抱いて現れたその瞬間に、目の前が ずわぁっと 晴れていくのが分かった。
あの世界だ。
あの、ゲームの世界なのだ。
ようやく私は、自身がヒロインの1人であることを思い出したのだ。
なぜ前世の記憶があるのか、そもそもその記憶は前世のものなのか、私は生まれ変わったのか、そんなことはもうどうだっていい。
ただ一つ確実にわかっていることは、私は出遅れてしまったのだ。
何回も見たことあるその光景の、少女の腰にはあるはずのないギルドメダルが輝いている。
彼女の物語は、既に始められていた。
片方のハッピーエンドは、片方のバッドエンドの上にしか成り立たないようになっている。
焦りと悔しさが、どっと押し寄せてくる。
それでも何故か私の顔は、とても楽しそうに笑ってしまうのだった。