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おばあちゃんは、「シセツ」というところに入れられてしまったらしい。
あれ以来、ぼくとおばあちゃんの家にはミカコとその仲間の男が住んでいる。
「ひどいよ、ぜったいあいつ、ニセモノなんだよ」
ノラになった僕は、近所のお寺の軒下で暮らすように会った。
時どき、おばあちゃんの家の庭に行って様子を見る。ミカコはふだん、昼間は家にいない。夜もいなくて留守してることも多い。
そういうとき、ぼくは誰もいなくて明りのつかない家の縁側で丸くなっておばあちゃんの帰りを待つ。
窓はどこも開いてないから、家の中には入れない。
おきにいりのまんまるクッションは、ごみの日に捨てられていた。ぼくのごはんのお皿も。水入れも。
日に日に、家からおばあちゃんの匂いが薄くなっていくのが悲しい。
「このまえ、あんたの家を『ギョーシャ』ってのが見に来てたらしいわよ」
そういったのは、このお寺の付近を縄張りにしているぶち猫のタマだった。タマは元は雄猫だけど、今は雄でも雌でもないらしい。なんでかな。
「ぎょーしゃって、何」
「なんか、いろいろ工事とかする人たちよ。うちのお父さん大工なんだけど、この前あんたんちの前をとおりがかった時に「ふどーさんや」と「ぎょーしゃ」がいて作業してたって言うのよ。お家を売るか、改修でもするんじゃないかって」
「おばあちゃんのおうちを売る……?」
あのミカコ(仮)って女のせいだな。なんてやつ!
どうしよう。そんなことされたら、ぼくとおばあちゃんの帰る場所がなくなっちゃうよう。
「どうしよう。おばあちゃんのおうちが無くなっちゃう」
そんなの嫌だ。もう泣きたい。ネコだって、悲しい時は泣くんだ。
ぽろりと涙をこぼしたぼくに、タマが言った。
「ねえ、あんたさっきの話ほんとなの? おばあちゃんの家を乗っ取った女はニセモノだって話」
「ほんとうだよ! だって、おばあちゃんがそう言ってたもん」
「それ、おばあちゃんがほんとにボケちゃったせいじゃない? 人間ってボケると、自分の家族のこともわからなくなるっていうわよ?」
「おばあちゃんはボケてなんかいないよ! それに、前におばあちゃんがいってたもん」
そうだ。ぼくも後から思い出したんだけど、いつだったか、昔出て行った娘さんの話を聞いたんだ。
「美香子はねえ、あたしといっしょで、猫がすごく好きだったんだよ」
昔のアルバムを見ながらおばあちゃんが話してくれた。
ミカコさんが小学生の頃、捨て猫を拾ってきて飼い始めた事。高校を卒業して家を出るまで、ずーっと可愛がって育てていたこと。真っ黒い猫だったんだって。
「ぼく分かる。あの女の人は、猫が嫌いなんだ」
その人間が猫好きか猫嫌いか、ぼくらネコには分かるんだ。ネコを嫌ってる人間に近づけば、ひどい目に遭わされるから。生存本能で危険を察知する。
ミカコって名乗るあの女の人は、ぼくを見てすごく嫌な顔をした。ぜったいあいつはネコ好きの人種じゃない。
ネコ好きな人は、あんなに冷たい目でぼくらを見ない。
タマは、ふーむ。という風に首を振った。
「あのね。あたしの知り合いの猫が隣町にでっかい縄張りを持ってるんだけど、その子が言うに、隣り町には動物の言葉がわかるおまわりさんがいるんだって。ほんとかどうかしらないけど」
へ? 動物の言葉が分かる人間? しかも、おまわりさんが?
「話、してみる? そいつ、何年か前に市内で起こった泥棒事件を解決したんだって。情報提供したのは、被害者が飼ってるセキセイインコだったらしいわよ」
動物のことばがわかる、おまわりさん。ほんとだろうか。
助けてくれるかな。ぼくの話を信じてくれるかな。それとも、野良猫だからホケンジョへ通報かな。
捕まったら、死んじゃうかも。
いいや、たとえ死んでも。このままおばあちゃんに会えなくなるよりマシだ。
ぼくは、覚悟を決めた。おばあちゃんを助けるために。
たとえ相手が悪魔だってかまわない。おばあちゃんを助けてくれるなら、ぼくは身代わりにホケンジョにつかまっても構わないと思った。