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ぼくの知らない女の人が、ぼくとおばあちゃんの家を尋ねて来たんだ。男の人と一緒にね。
「お母さん。ごめんなさい、勝手に家を飛び出して」
その女の人は、おばあちゃんのことを「お母さん」って呼んで、ずかずかと家に上がって来たんだ。男の人を、玄関に立たせたまんま。
「お父さんの死に目にも会えなくて辛かった。でも、今日からはお母さんの面倒は私が見るから。昔みたいにまたいっしょに暮らそう?」
おばあちゃんは、その女の人を見てびっくりしていた。
「どちらさまですか。うちには確かに娘がいたけど。あなたは、うちの子じゃないわ」
人違いですよ、とおばあちゃんは気味が悪そうに女の人を見た
女の人は、おばあちゃんに娘じゃないと言われて驚いた顔をした。それから、やれやれという風に首を振った。
「お母さん、かわいそうに、すっかりボケちゃったのね」
ちがうわ、あなたはうちの娘じゃない。おばあちゃんは何度もそう言って女の人を追い帰そうとしたけど、彼女は出て行こうとしない。
近所の人に助けを呼びに行こうとしたら、玄関前に立ってる男の人がおばあちゃんを睨んで、外へ出るのを邪魔する。
怖くなったおばあちゃんが家の中に引っ込むと、女の人も一緒に居間まで上がって馴れ馴れしくおばあちゃんの手を握ったり肩に触ったりする。
「ねえ、よく見てよ、美香子ですよ。お母さん。そりゃあ二十五年も一緒にいなかったから見た目や雰囲気は変わったかもしれないけど。自分の娘を忘れるだなんて……」
違う、あんたなんか知らない。おばあちゃんがそう言い張って、ケーサツというところに電話をしようとしたので、ミカコと名乗る女の人は、仕方なさそうにおばあちゃんから手を離した。
「今日は出直すわ。あんまりにも混乱してるみたいだから。でも、お母さんは病気よ。きっと認知症ね。お医者さんに診てもらわなきゃ」
次はお医者さんを連れて来るからね。そう言って、ミカコさんはその日は帰っていったんだ。
おばあちゃんは、泣きながらボクを抱っこして、違う、違う、と何度も繰り返した。
「違うんだよ、クロ。あの人は美香子じゃない。確かに顔はよく似てるけど、何年たとうと実の娘を母親が見間違えたりするもんかね」
そうだよね、ぼくだって、離れていてもおばあちゃんの匂いはぜったいに間違えないもん。
あの女の人からは、なんだか嫌なにおいがしたんだ。ぼくのおばあちゃんとはちっとも似てない匂い。
ぼくはおばあちゃんを信じるよ。だからそんなに泣かないで。
だいじょうぶ、ぼくがおばあちゃんを守るよ。
ぼろぼろと涙をこぼすおばあさんの顔を舐めて、ぼくは次にあの女の人がきたら「フーッ!」って威嚇してやることに決めたんだ。