ACT.82 ある化け物の話(Ⅱ)
少年は叫ぶ。
迷いを振り切る様に、理性のタガを外す様に。
瞬間、異能が発動される。
ボコリ、ボコリと全身の筋肉が隆起して幼く華奢な体躯を瞬時に作り替えていく。
類人猿の様な異様な体躯の、化け物の姿に。
ただ単に身体能力を底上げしただけの、筋肉量にモノを言わせるだけの姿。
暴力を振るうのに特化した化け物。
少年の異能、【肉体変化】の効果である。
しかし、この異能は完全ではない。
──否、少年自身が異能を完全に使いこなせていなかった。
本来、この異能は自身の身体に対してはほぼ万能である。
傷の治療だけでなく、アドレナリンなどの体内分泌の制御も可能。
老若男女問わず他者の姿を真似ることも、完全に人ならざる姿になることすら可能である。
だが、少年はそれらが出来ない。
何故なら練度も足りなければ、発想もないからだ。
「あ、ァァァァ!!」
少年は、急速に身体を作り替えた結果発生した激痛に呻く。
化け物の様に作り替えた身体だが、彼の実力では顔だけ少年のまま変えられない。
故に、正体を隠す為の仮面を傍らからひったくるように手に取り、素顔を隠す。
時間にして僅か数秒。
ようやく周囲の人間が化け物の存在に気がつくが、既に遅い。
両脚に力を溜めて、化け物が跳躍する。
獅子の様な跳躍で一息に距離を詰めた化け物は、目の前にいた男の喉笛に勢いそのままに喰らいつく。
男のいた位置より遥か後方に着地した化け物は、口に咥えた男を両手で口内に押し込む。
怪力で大人の身体を砕き食べやすく加工して、 両手に顔を埋める様に無心になって貪る。
手の間から砕かれた肉や骨片、鮮血が時折噴き出すが化け物が意に介する素振りは無い。
やがて化け物はその両手から顔を離すと、そのまま天を仰ぎ見る。
顔と両手を夥しい量の血で染めながら、蒼天に向かって呟いた。
「美味し、かったぁ」
その声の震えは、感動か絶望か。
瞬間、真昼のスラム街に悲鳴が響き渡る。
そして周囲を見渡して、化け物は悟る。
「──もう、らしくあるのは疲れた」
もう後には引けないこと、人間らしく生きれないことを。
「これが罰で、ここが地獄なら──もう、どうにでもなれ」
──最後に残したタガが、外れる音がした。
こうして恐怖と絶望を入場曲に、掃き溜めの街に混沌の使徒が降臨した。




