ACT.77 レオーネ/オリジン(Ⅴ)
「はぁ、はぁ、はぁ!」
レオーネが家に着いたのは、結局日が没する寸前になってからだった。
あの近道を避けては、走ったとしても時間が彼女の予想以上にかかってしまったのだ。
「ママ、怒ってるかな」
いつも日が暮れる前には帰ってきなさいと母から口々に言われていたレオーネは、これから待ち受けるお説教に少しげんなりとした。
そして角を曲がりレオーネの家が目に入った時、彼女はハタと立ち止まった。
──家に、灯がついていない。
周りを見渡す。
太陽が殆ど没した街には色濃い影で浸され、家々からは様々な灯が漏れだし始めている。
だと言うのに、彼女の家に灯はない。
暗く深い夜が、そこに強く落ちていた。
その様子に、ドクンとレオーネの心臓が嫌に跳ねる。
何かが、おかしい気がする。
あそこに行ってはならないと、本能が警鐘を鳴らしている。
──けれど。
「ママ、パパ、お兄ちゃん」
あそこはレオーネの家だ。
レオーネの家族が待つ場所だ。
「──アベル」
だからこそ行かねば──否、帰らなければならない。
今の彼女にはまだ、家族にしか居場所がないのだから。
怯えた足取りで家に向かい、扉に手をかける。
ひっそりと音を立てずに、扉を引く。
かろうじて残る西日が彼女の後ろから暗い家に差し込み、暗闇に一条の朱が差し込む。
「マ、ママ?」
小さな声で母を呼ぶが、返事はない。
一歩、レオーネは家に足を踏み入れる。
「パパ?」
仕事を終えて既に家に帰っているであろう父を呼ぶが、言葉は帰ってこない。
暗い玄関を上がり、奥のダイニングへ向かう。
きっとそこには、変わらずに夕飯の支度をしている母とテーブルに着いて待っている父がいると信じて。
「お兄ちゃん?」
自分の帰りを待っているであろう兄のことも呼ぶが、気配すらない。
少し皮肉屋で、それでいて優しく照れ屋な兄もきっとそこで待っているはずだ。
そう信じて、ダイニングの入り口に立つ。
──内で、何か音がした。
誰かがダイニングにいるのだ。
レオーネはゆっくりと最後の家族の名前を呼びながら扉を開ける。
「アベ──」
まず最初に、暗い中から水音が聞こえた。
だが、ただの水音ではない。
しゃぐしゃぐ、という瑞々しい果実を喰らうような水気を孕んだ音。
そして、ようやく暗闇に慣れた彼女の瞳に飛び込んできた光景は。
「────る?」
──赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
朱色の西日が差し込まない室内で、それでもなおソコを染め上げるのは鮮烈で禍々しいまでの、赤。
そして、その赤の中心に座するのは。
「おかえり」
しゃぐり、と何かを齧るアベル。
「ずっと待ってたんだけど、お腹空きすぎて我慢できなかったんだ」
しゃぐり。
まるで果実のように丸く大きな何かを食べながら、彼は言う。
「あ、あべ、あべる?」
「ごめんね、頑張ったけどやっぱり僕はアベルじゃいられなかったみたい」
彼の傍らには、今食べているソレと同じようなモノが二つ並んでいる。
その正体が──。
「僕の名前はアベルじゃなくて、シギ」
──最愛の家族の首であると知った瞬間、彼女の意識は途絶えた。
「転生者の、朝峰志義だったよレオーネ」




