ACT.75 レオーネ/オリジン(Ⅲ)
▽▲▽
──その日の晩。
家族五人で囲むいつもの夕食。
しかし、レオーネの様子がおかしい。
いつも毎食大人顔負けの量を平らげる彼女の手が止まっている。
「レオーネ、どうしたんだい?」
いつもと違う彼女の様子に心配した父が声をかける。
若くして財を成した類稀なる商才をもつ彼だが、家庭での姿は優しい父親そのものであった。
口元に整えた髭を無意識に撫でながらそう問い掛ける父親に対し、レオーネは精一杯の作り笑いを浮かべて答える。
「ううん、全然大丈夫よパパ」
「食欲ないみたいだけど、体調でも悪い?」
二人の会話に入ってきたのは、レオーネの母であった。
父より少し年上の、おっとりとした女性だ。
彼女は娘に顔を近づけて、右手をレオーネの額に当てる。
「熱はないみたいだけど」
体調を慮ってレオーネの熱を測ってみるも、平熱と違わなくて彼女は小首を傾げた。
そんな母に心苦しさを感じてレオーネは優しく額に当てられた手を振り解く。
「ちょっとおやつ食べすぎちゃったみたい」
「父さんがお小遣いあげすぎたのが原因か」
レオーネの答えにそう言って彼女より五つ歳上の兄が苦笑する。
「いや別に、なぁ?」
彼は責めるような息子のセリフに、居心地悪そうに言葉を濁す。
助けを求めるように視線を娘に向けるが、当のレオーネには助けられる程の余裕はなかった。
「う、ううん。ごちそうさま」
そう言って早々に食卓を立つレオーネ。
自室へ戻る前に、そっと隣に座っていた弟に声をかける。
「アベル、ちょっと」
当のアベルはレオーネとは対照的に平然といつも通りに夕食を食べている。
──いや、違う。
普段から大人しい性根の子であったが、今の彼は嫌に落ち着きすぎている。
まるで、歳不相応なまでに。
「アベル?」
話しかけても反応しない彼に対し、レオーネはもう一度その名前を呼ぶ。
すると、はっと何かに気がついたような表情を浮かべてアベルは呟く。
「あ、そっかアベルって僕のことだった」
「──ッ!」
その言葉にレオーネは酷く恐ろしいモノを感じ、アベルの手を乱暴に取ると自室へ──二人に当てがわれた子供部屋に向かって走り出した。
「レオーネ!?」
母の静止を振り切り、部屋にアベルを連れ込むと扉を閉める。
そしてアベルの肩を両手で掴んで彼の顔を見つめる。
「──アベル、貴方はアベルよね?」
▽▲▽
「誰か、たすけ、助けて神さま!」
彼女がそう叫んだ時、レオーネの腕の中にいるアベルに不思議な事が起こった。
割れた額が、肉が盛り上がりみるみるその傷を塞いでいったのだ。
「あ、え?」
──異様な、光景であった。
神の奇跡を期待した彼女自身が寒気を覚えてしまうような、目の前で起こった禍々しい奇跡に。
「あ、アベル?」
震える声で彼女は、傷が塞がった弟に声をかける。
「──あれ、お姉ちゃん?」
そしてアベルは、何事もなく目覚めた──目覚めてしまった。
レオーネは目を見開く。
彼女はこのような歪な奇跡のカタチを知っていた。
ゴドウェン家は敬虔な聖教徒だった為、その存在を彼女は両親から以前から伝え聞いていた。
自分たちを守ってくださる希望と秩序女神の敵にして、悪き奇跡を纏う真実と混沌の男神の使徒。
この世界に現れた招かれざる災悪──転生者の存在を。
そして、転生者は存在を許さないということを知っていた。
「──大丈夫」
レオーネはこの時決意する。
アベルが転生者であることを隠そうと。
「大丈夫、お姉ちゃんがアベルを守るからね」
彼女は強く弟を抱きしめる。
どんなカタチであれ、彼を失わずに済んだのだから。
二度と彼を死なせないと、レオーネは強く誓った。
「──アベル。僕はアベル、アベル・ゴドウェン。アベル・ゴドウェンのは、ず?」
──だから、耳元で聞こえたその呟きを彼女は聞かないふりをした。




