ACT.74 レオーネ/オリジン(Ⅱ)
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この国に根付く聖教会の祝祭は三つ存在する。
真冬に新年の始まりを祝う「創世祭」、夏の終わりにある聖女ステラの誕生を祝う「星誕祭」。
そして春の初めに行われる、この「追放祭」である。
聖教会の主神である女神が、創世の片割れである男神をこの世界から追放したと語られる日。
「──だから、悪い神様がいなくなった今日はお祭りなんだって」
「ふーん」
傾く赤い太陽の光を背に、ふたりは帰路につきながらそんな話をした。
「アベルはなんでも知ってるね」
「ううん、お家にいたとき見てた絵本がそれだったから」
不意に姉に褒められて、少し照れ臭そうに俯くアベル。
いろんな物を見て、食べて、握りしめてきたお小遣いを使い切って。
満足感に包まれていたレオーネは、弟の話を半ば聞き流しながら隣を歩く。
「あ、そうだ近道行こ、ちかみち!」
「え、お姉ちゃん?」
そんな中、彼女は気まぐれにそう言って弟の手を引いて路地裏へ向かう。
「この前発見したとっておきなの! アベルにも教えてあげる!」
それは、無邪気な善意による行動であった。
この前自身が見つけた秘密の裏道を、弟に教えてあげたかったという幼く可愛らしい行動。
だからこそ、幼いからこそ彼女はまだ自身と弟の違いを正しく認識していなかった。
パタパタと彼の手を引いて路地裏の、迷路のように入り組んだ複雑な道を抜けていく。
「お、お姉ちゃん!?」
赤い斜陽が段々と遠のいていくのに、アベルは少しの恐怖を覚える。
そんな弟にお構い無しで彼女は進む。
「あとここを降りれば、すぐウチだよ」
目の前には幅の狭い階段。
建物の隙間にあったそこは、日の光が一日中入り込まない陰気な場所であった。
湿気からくる独特の生臭さ、カビ臭さがアベルの鼻についた。
「ゆ、ゆっくり降りよ?」
暗く湿った段差はうっかり足を滑らして危ないかもしれないと慎重な彼は姉に忠告する。
「大丈夫だよ、そんなに危なくな──」
レオーネは今日までに何度もこの道を使っていたから故の油断があったか、それとも弟にいいところみせようと気が大きくなっていたか、遊びの帰りで気が緩んでいたか。
アベルの前で、彼女は足を滑らせた。
「お姉ちゃ──!」
驚きで固まり、階段から転げ落ちる寸前にレオーネの耳に弟の叫び声が。
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レオーネが次に気がついた時、身体に冷たい地面の感触があった。
頬に吸い付く湿った感触に、自分が倒れていることに気がつく。
「──あ、アベル!?」
一拍遅れて、自分が階段から転落した事に気がついた彼女は慌てて身体を起こす。
気を失う前に聞いた弟の声、それが彼女の不安を掻き立てる。
薄暗い路地裏で目を見開いてその姿を探すと。
「い、いや」
弟の姿はすぐに見つけられた。
彼はうつ伏せで階段の中腹に倒れている。
──その頭からは、夥しいほどの血を流しながら。
「いやぁぁぁぁぁああああ!?」
受け入れがたい事実を前に、レオーネは叫ぶ。
目の前で起きたあまりの事実に腰が抜けて立てなくなっていながら、彼女は這うようにして弟の元へ向かう。
彼を抱き起こすと、額が大きく陥没するような傷が──幼い彼女からみても明らかに致命傷とわかる傷が。
「いや、パパ、ママ助け、だ、誰か助けて!」
だが、誰も助けてくれない。
入り組んだ路地裏に、子供たちがいることを誰も知らない。
レオーネの叫びは、祝祭の賑わいのせいで通りには届かない。
「誰か、たすけ、助けて神さま!」
希望と秩序の女神が真実と混沌の男神を追放した、追放祭。
この日だったからだろうか。
助けを乞うた彼女の祈りはその時、確かに神に届いた。
「──え?」
──ただし聞き入れたのは、女神ではなかったが。




