ACT.72 トラウマ(Ⅲ)
「過去最悪の事件じゃないか」
ライがそう慄いた時だった。
レオーネが外で人が動く気配を察知する。
「ライくん、隠れて!」
手にしていた証拠となる書類を一旦元の場所に戻し、二人は隠れられそうな場所を探す。
そして咄嗟に大きな執務机の下に身を隠す。
机の正面部分は書類の山に隠れているから、裏に回って下を覗き込まれない限りは見つからない筈──である。
二人がその机に身を隠した瞬間だった。
「動くな!」
怒声と共にドアを蹴破って部屋に突入してきたのは、ベイリー団長と側近らしき団員が三人。
それぞれ警棒を手に周囲を警戒しながら執務室を見渡し、ゆっくりと足を踏み入れる。
ライとレオーネは二人、見つからないように息を潜めて気配を消す。
万が一見つかった場合には最悪そのまま戦闘になる可能性が高く、二人としてはそれだけは避けたい事態であった。
この場合、理由は何であれ非難されるべきなのは不法侵入と傷害を行ったライたちの側であり、この場から如何なる不正の証拠を持ち帰ったとて正当性は無くなる。
聖教会側が何かしらの重いペナルティを負う可能性だって高い。
しばらく周囲の様子を警戒しながら侵入者の有無を確認していく憲兵たち。
そのうちの一人が、ゆっくりと執務机の方へ向かい出した。
少しずつ近づいてくる足音に、レオーネはすぐに飛び出せるように身構える。
だが──。
「だ、団長!」
──それは杞憂に終わった。
突然、慌しく執務室に別な団員が駆け込んでくる。
「マーセルとメイサンを発見しました! 何者かに襲われて拘束されていたようです!」
急に入ったその知らせを聞いて、ベイリー団長は訝しげに片眉をあげる。
「アイゼンとマーチスはそっちへ、こちらは私とジャックで充分だ」
「「「イェス、サー」」」
そう言って、ベイリー団長がそう指示を出すと最初に入ってきた三人のうち若い男性団員二人が今来た団員と共に足早に退室する。
裏からその様子を見て、この憲兵団はよく訓練されているのだとライは少し関心した。
そしてこの場に残ったのは、ベイリー団長と彼の側近らしき腕章をつけた壮年の男性団員だけになった。
「──何か盗まれている物はありますか?」
「大丈夫だ。元より高価な物品を仕事場に持ち込む趣味は無いさ」
中に侵入者が居ないと思ったのだろう。
二人は一息ついて話を始めた。
「他に賊が狙いそうな──」
「例の件に関わる物も、決定的なのは置いていない」
ベイリー団長は顎を撫でながら、話を続ける。
「第一、アレには一度指示を出しただけで何をしようと決定的な証拠なぞ出ないさ。仮にアレが何か話したとしても、転生者なぞに人権はない」
団長はそう言いながら嫌らしく笑った。
そして、それを聞いたライは息を呑む。
やはり、ジャクソン・ベイリーが一枚噛んでいる事件だという確信は的中していたのだ。
「しかしアレも難儀な生き物、いや化け物よな?まさか──」
そして彼は転生者の能力に関する、決定的な言葉を口にした。
「──異能の副作用で人を喰わなきゃならないなんてな」
ベイリー団長の信じられない言葉を聞いて、ライは思わず目を見開いた。
そして、あまりの驚きでライは気が付かなかった。
隣で身を潜めていた、レオーネの異変に。
──彼女は、突然嘔吐したのだ。




