ACT.56 怨念の行き先(Ⅱ)
ライを止めて、ひとまず二人の間に割り入るようにノアは位置取る。
そしてヘルムを外して素顔を晒すと、怯えるエルトール伯になるべく温和な声色で語りかける。
「エルトール伯爵、貴方は聖教会に対して重大な背信行為を行いました。本来なら、ジブンらがこの場で切り捨てても良いのですが──」
こほんとノアが空気を変える為にわざとらしい咳払いをする。
散々たるこの場に似つかわしく無い笑顔を浮かべて、彼はこう続けた。
「残念ながら今回貴方が取引していた転生者は先程ジブンが処分してしまったので、このままでは奴らの企みがわからなくなってしまうんスよ」
ヘラヘラと軽薄に、間違って野に咲く花を踏んでしまったかのような軽さで転生者の命を奪ったと曰う彼はこう言った。
「だから、聖教会とも取引しましょう?」
「と、り、ひき?」
未だに状況がうまく掴めてないエルトール伯は、茫然とノアの口から出た言葉を反芻する。
言葉を知らない幼子が、意味もわからず音を繰り返すように。
「えぇ、貴方が知りうる転生者側の事情や目的などを余さず報告ってください」
軽薄な笑顔の裏で、ノアの瞳には喜色は無い。
感情的になっていない。
──つまりこれは、別に慈悲ではない。
全てはノアの策略に過ぎない。
「そうすれば、まぁ爵位は返上になりますが──」
ちらりと細めた目でエルトール伯の顔色を伺う。
彼が本当に求めているのは、何か。
何をチラつかせれば、こちら側になるか。
その答えは、とっくに出ていた。
「娘さんとの暮らしは補助しますよ。ついでに彼女に充分な医療も手配しますわ」
その瞬間、半壊した部屋を覗き込む影が現れる。
壊れたドアの裏から顔を覗かせるのは、エルトール伯の幼い娘。
「──パパ?」
──その言葉が、決定打だった。
▽▲▽
全てが丸く収まった。
だが、一人だけ納得をしていない人物がいた。
幼い娘と父が涙ながらに抱きしめ合っているその部屋から出て、彼はドンと強く壁を殴る。
──強くはあるが、心なしか弱い拳だった。
「何してんスか、先輩」
そんなライの背中にノアが話しかける。
危うい、不安定さをライの後ろ姿に感じたからだ。
「これでよかったじゃないッスか。ジブンらは別に殺人鬼じゃねーんスから、殺さずに済むならそれに越したことはないスよ」
腕組みをして壁に背を預けるノア。
彼がちらりと視線を向けた先には、エルトール伯と娘の姿。
「先輩だって、父親を殺して小さな娘を天涯孤独にするのは嫌でしょ」
ノアの問いに、ライは小さく首肯する。
実際、その通りであるとライ自身も思う。
彼自身が一番よく知って入る。
帰る場所も帰りを待つ人も居ないという辛さを、孤独を。
だからこそ、そういった身の上の子供を一人増やさなかったのはこれ以上ない僥倖だ。
──だが。
「ノア、アルドラの乱はわかるよね」
「うっす、精神感応系の異能持ち転生者による最悪の事件ッスね。多くの人が、精神異常を引き起こされて、殺戮に加担させられた」
「その人たちが、どうなったかは?」
「確か、アルドラが討たれた後に精神異常が解除されて、大多数が聖教会からの治療を受けたあと日常生活に復帰し──」
──ガン。
ガン、ガン、ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
ライが続け様に壁を殴る、殴り続ける。
段々と強く激しくなるその音に、ノアの語りは遮られる。
「僕が初めてソレを聞いた時、どう思ったと思う?」
明らかに尋常ではないライの様子に、固まったままノアは答えられない。
そんな彼を他所に、ライは続ける。
「巫山戯るなと思ったよ」
強い口調で、彼はいう。
憎悪の篭った、怨念に塗れた声で。
「僕の村を襲った、母を殺した、姉を燃やした奴らが転生者に原因があったからって許されるのか?」
ヘルムを外してライが振り向く。
ノアはその姿を見て、少し慄いた。
泣き笑いのような、憎しみと悲しみと無念と──様々な感情が入り混じった表情。
「僕は許さない」
悲痛な声で、ライは唄う。
「例え原因が転生者であれ、加担したのなら、殺したい」
唄う、復讐鬼は果てない怨念を。
どこまで行っても転生者も、それに連なる一般人も。
──どこまでもどこまでも、全て殺し尽くしたいと唄うのだ。




