ACT.55 怨念の行き先(Ⅰ)
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メイドの少女が意識を失ったのを確認して、ノア・ローが事前の作戦通りに転生者の本体を仕留めたことを確信したライ。
剣を納めた彼が次にするべき事は──。
「──ひ、ひぃっ!?」
振り返るライを見て、エルトール伯が悲鳴を上げる。
腰を抜かしたまま後退りをしようとしても、その様子はおぼつかない。
「はっ、はっ、はっ!」
這いずるように出口を目指すエルトール伯の姿はとても爵位を持つ貴族には見えない。
蟲のようだとライは感じた。
「悪党というのは、追い詰められるといつも惨めに這いつくばる」
足早に近づいて、エルトール伯の行手を鞘ごと剣を床に突き立てて止める。
エルトール伯の逃げ道を塞ぎ、ライは腰を落として彼に顔を近づける。
粛清騎士ライ・コーンウェル──いや、復讐鬼ライ・コーンウェルのどろりと濁った紫色の瞳が、怯えた中年貴族を覗き込む。
その眼中に理性の光は無く、煮詰めた鍋底のような複雑な憎悪が蠢いている。
ライの視線から感じられる尋常ならざる憎しみは、もはや狂気と表現しても差し支えない。
彼には眼前の少年騎士が同じ人間には見えなかった。
エルトール伯には取引をしていた転生者よりも──彼の方が遥かに怪物じみていた。
「何か、言い残す言葉はありますか」
無機質な言葉が怪物の口から零れ落ちる。
まるで、エルトール伯自身を同じ人間だと認識していない。
人が人に向けて放っていい温度の声色ではない。
エルトール伯は余りの恐怖にガチガチと歯の根を鳴らす。
そんな彼の様子を見て、ライは表情に出さずに失望する。
誰も彼もが己可愛さに、自分の為に他人を踏み躙ろうとする。
異能という特別な力を得て、思うがままに自由に秩序を破壊し誰かの幸せや未来を蹂躙する転生者ども。
そんな転生者に手を貸して、甘い汁を啜ろうとしたエルトール伯。
──ライはその両者に違いは無いと、判断した。
「た、たす、たすけ──」
ゆっくりとした動きでライは右手を彼の頸に伸ばす。
一応抵抗の意思はないから遺言だけは聞こうと思ったが、その価値すら無い。
ただの命乞いなど、塵芥以下だ。
耳を穢す前に縊り殺してしまおう。
ライのその手が、彼の頸に触れたその時──。
「──む、娘だけは助けてくれ」
「────。」
ライの手が、止まった。
そして次の瞬間。
「駄目です先輩!!」
半壊した執務室に急いで入ってきたノアが、慌ててライの腕を掴んだ。
「殺すのは!」
ノアに腕を掴まれたライは、黙ってエルトール伯から離れる。
ライは行き場のない感情を処分しきれず、思わず顔を空いた左手で抑える。
ヘルムの下で彼の顔は、苦々しく歪んでいた。




