ACT.52 答え合わせ(Ⅲ)
「そしてもう一つわかった、エルトール伯は転生者に脅されて協力したんじゃなく自発的に協力していたんですね」
ライの言葉に、エルトール伯は背筋を凍らせる。
彼の視線は目の前の転生者に向けられたままだったが、エルトール伯は恐怖で足がすくんで動けなくなった。
それほどまでに、ライの言葉は憎悪に濡れていた。
ただの人間、それも少年が発していい程度を超えた感情の発露。
溶岩を煮詰めた様な、熱く粘り気のある悪感情。
それはまさしく怨みを晴らす為なら手段を選ばない──否、自滅も辞さないほどの苛烈な悪意だった。
普通の生活を送る上では絶対に向けられることのないであろう濃度の憎悪。
それを感じとってしまったが故に、もうエルトール伯は動けない。
例え動けたとしても、逃げられない。
逃げてしまったのならこの騎士は、何をするか解らない。
絶対に自分の想像の遥か上をいく何かを、絶望を見せつけられる。
だからこそ、それだけはさせてはならない。
自分の命より大事なモノがあるエルトール伯は、逃走の意思を此処で消失した。
「ちっ」
エルトール伯が逃げるのを諦めた、それを正面から見て感じとってしまった転生者は大きく舌打ちをする。
そして自分がここで取るべき複数のプランを俊考しようとした瞬間。
──眼前に、眉間を撃ち抜かんとする剣先が迫っていた。
「うぁッ!?」
叫び声を上げて、右横に転がる様にして避ける転生者。
しかし、避けた先でで彼女の正面をライが左手の盾で強烈な打撃を与える。
咄嗟に両腕を前にして防御する転生者だが、軽装の少女と鎧のライとではそもそも筋力量も単純な質量も違う。
身体が浮き上がるほどの衝撃波を受けた少女は姿勢を正す間もなく壁に叩きつけられる。
受け身すらまともに取れないような状況で強かに背中を打ちつけ、痛みに意識を手放しそうになる転生者だが。
「ぐ、がっ、くそがっ!!」
すぐそこに死神がいる状況で奮起し、手にしたままだった鈍器をライの足元目がけてぶん投げる。
足を狙ったその攻撃を半身をずらして回避するライは、更に転生者を考察し、詰める。
「この状況で貴様が逃げないのは、何故か」
憑依型の異能なら、今すぐその少女の身体から抜け出せばライからは逃げられる。
逃げること自体は非常に容易いだろう。
だがそれをしない──いや、出来ない。
先日の襲撃の時は簡単に身体を捨てて逃げたのにかかわらず、である。
ちらりと、一瞬だけライは部屋の隅で放心しているエルトール伯を見た。
彼が逃げない逃げれない理由と、転生者がそうしない理由はおそらく同じ。
「貴様、誰かの指示を受けているな。おそらくは、今僕を相手取ることより、その誰かを裏切るほうが貴様にとって恐ろしいと感じるような」




