ACT.46 蜘蛛の巣(Ⅰ)
割れた窓枠を突き破るように路地へ飛び出し、受け身を取って地面を転がる。
そして瞬時に立ち上がると、顔をあげて路地裏へ逃げ込もうとしている少年を見据える。
「ノア!」
ライがノアへ指示を送ると、彼は無言で外套をバサリと翻す。
露になった外套の中身、黒鎧の腰に納めてあったのは、片側に口が空いた機械的な意匠をした細長い箱の様なモノ。
手元に近い部分には、三つのダイヤルが付いている奇妙な装備だ。
左手でそれに手を掛けると同時に、右手で背中から一本の別な機械を抜き取る。
複数の金属と木材のフレームを組み合わせたような長いソレ。
ソレの中ほどを掴むと、その部分についていた引金をノアが引いた。
瞬間、その機械が変形し全長1mほどの複合弓へと姿を変える。
そして同時に左手でダイヤルの三つを操作。
すると、その機械箱の空いた口に矢が一本、カチッとした機械音と共に現れる。
ノアは、瞬時にその矢を複合弓に番え引き絞り、放つ。
――この間、およそ2.5秒。
放たれた矢は、音の様に素早く少年に迫る。
――そして、少年の肩を掠る形で外れる。
外れた矢は、路地の外壁に命中して、石でできた外壁を穿ち刺さって止まった。
そして矢が掠った少年は、そのまま角を曲がって路地裏に入り込んだ。
一連の流れを確認したライは、ノアにこう言った。
「よくやった!」
ライは姿勢を直して、ノアと共に歩いて少年が去っていった路地の角に向かう。
そして角を曲がると、そこから数歩分先に地面に倒れ伏している少年の姿があった。
ライが駆け寄って、その少年を助け起こし脈を確認する。
「よし、寝ているな」
「とーぜんっスよ。自分を誰だと思っているんスか」
対して自慢げでもなく、当然と言った風にノアは鼻を鳴らす。
そう、彼は粛清騎士序列第七位、”最適”の騎士ノア・ロー。
弓による精密射撃と毒物・薬学のスペシャリスト。
特製の複合弓と、複数の薬品が仕込まれた矢筒を用いた最も繊細な仕事ができる騎士だ。
現に、彼はあの刹那の合間に、矢筒のダイヤルを操作して適切な毒物を調合し矢に塗布、弓に番え少年がなるべく傷がつかないギリギリの範囲で攻撃したのだ。
そう、わざと矢は外し、そのわずかな傷でも速攻で効く睡眠薬を調合していた。
万が一外したら、用をなさない。
命中したら、睡眠薬の過剰投与で少年が死ぬかもしれない。
命中する場所が悪くても、殺してしまう。
へらへらした軟派な性格と態度をしていても、周囲を黙らせるほどの技巧を持つ天才騎士。
――それが、ノア・ローであった。




