ACT.43 謀の影(Ⅱ)
粛清騎士の黒鎧に着替えたライとノアは、午前中の日が高いうちに領主エルトール伯屋敷に到着した。
エルトール伯の屋敷は、こじんまりとした質素なたたずまいで、意外な印象をライたちは抱いた。
ライがドアノッカーに手を掛けてノックすると、すぐさま玄関のドアが開く。
「はい! ――えぇと、どちら様ですか?」
そこから現れたのは、幼げな容姿の少女。
淡い色の髪を肩でそろえた、大きな瞳の可愛らしいメイドだった。
物々しい恰好のライたちを見て、警戒色をにじませる彼女に対し、ライはできるだけ厳格な声色を作って話しかける。
「すまない、エルトール伯はご在宅かな? 居るのであれば、『聖教会からの視察が来た』と伝えてくれないか」
そう言うと、彼女はライたちの正体――粛清騎士だということに気が付いたようで、声を上ずらせて返事を返す。
「は、はいっ!」
駆けていく彼女を見送って、ノアはボソッと呟く。
「なんか、意外っスね」
「意外?」
「不正してるなら、こう目に見えて金使い荒くなってるのかと」
ノアはそう言って周囲を見える範囲で見渡す。
玄関から見える屋敷内装も、屋敷の周囲に見える花壇や芝生なんてものも手入れこそ行き届いているが、金がかかっているって感じはない。
不自然なほど金の匂いがしない。
そんな不自然さを感じていると、やがてパタパタと音をさせながら、メイドに連れられた初老の男性が慌てて出てきた。
「き、騎士様! よ、よくいらっしゃいました!」
傍から見てもわかるほど緊張した様子で、現れた白い髪を後ろに撫でつけた紳士的な面持ちの男性。
「貴方が、エルトール伯ですか」
「は、はい! おお待たせして申し訳ありません! こここ、こちらへ」
促されるままに、ライたちは屋敷に招き入れられ、客間に通される。
――ここもまた、金の匂いがしないとノアは独り言ちる。
メイドの少女が、ライたちの前に紅茶の入ったカップを置く。
香りからして、良い物のようだ。
まぁ、ライたちは職務上兜を人前では取れない為、出されても飲めないのだが。
「早速ですが、少しお伺いしたいことがあるのですが――」
ライが話を切り出そうとしたその時、きぃと小さな軋む音が聞こえた。
その音にライが振り返ると、客間のドアの隙間――廊下から小さな瞳が見つめていた。
「――エルトール伯、このお嬢さんは」
「り、リサ!」
そう叫ぶとエルトール伯は、慌てた様に席を立ちドアを開ける。
ドアの前にいたのは、寝間着姿の小さな少女。
メイドの彼女より幼い、年齢は10歳ぐらいだろうか。
薄墨色の髪をしたその子は、不安げな表情を浮かべてエルトール伯を見上げる。
「お父様、どうしたの?」
「お、お父さんのお客様だから、大丈夫だから!」
「大丈夫なの? ――げほっ」
汗をかいてそんなことを言うエルトール伯に少女がそう聞くと同時に、彼女がせき込む。
その咳は、濡れたような嫌な咳だった。
「り、リサ! 早く部屋に戻って、お薬飲んで休んで!」
エルトール伯は、そう言って少女をどこかへ連れて行き、しばらくして戻ってきた。
「お、お待たせして申し訳ありません!」
「いえ、お気になさらず。 ――娘さん、体調が?」
「――はい」
深刻そうな顔で頷くエルトール伯の様子に、気まずい沈黙が下りる。
そんな空気を切り替える様に、ノアはわざと大きく咳払いをして、本題を切り出す。
「実は、今回我々がやってきたのは――」
▽▲▽
太陽が空の頂点に差し掛かった頃、二人の騎士は屋敷を出た。
門をくぐったところで、耐えかねた様にノアは声を出す。
「パイセン、アレはグレーでしょ」
その言葉に、ライは沈黙で返す。
ライの反応を肯定とみなしたノアは、言葉を続ける。
「買い取った豚を、知り合いの業者に渡してるって、怪しすぎ」
エルトール伯の言い分としては、こうだ。
知り合いが、食肉業加工業を始めたのでうちの領地の家畜を送っている。
資金は投資と思って貸している。
「そんな善意満々で信用して多額のお金をかけるとか、無いでしょ」
領主とは、領地の運営も仕事だ。
金銭管理の感覚は、人一倍優れていなければならない。
それなのに、そんな連帯保証人じみた行為を本当にするというのは疑わしい。
第一、エルトール領には鉱山など高額な稼ぎにつながる産業は無い。
――つまりは、不自然なのだ。
「だから――」
そこまで言ったところでライが手でノアの言葉を静止させる。
ライの視線の先、足元にはノートの切れ端で作ったような雑な紙飛行機が落ちていた。
それをライは拾って、紙飛行機の飛ばされたと思われる方角――屋敷のほうを見る。
そして、静かにその紙飛行機を開いた。
「この案件はグレー? いや、違う」
ライはそう言って、ノアに開いた紙飛行機を見せる。
そこには、殴り書きの様な字でこう書いていた。
『 た す け て 』
「――黒だ」




