ACT.36 そして歯車は軋み廻る(Ⅱ)
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無数の星々が瞬く、静謐な夜。
聖教会の総本山、その隠された場所にある温室。
色とりどりの花々に囲まれたその美しい花園は、複数のランプで幻想的に照らされていた。
その中央にあるティーテーブルには、ふたりの人物が腰掛けていた。
一人は、星の光を束ねたようば美しく靡く金色の髪をした、美しい盲目の少女。
少女の名は、ステラ。
この聖教会の象徴であり、実質的な最高権力を握る聖女である。
聖女ステラが、テーブルのカップを手に取り、紅茶を一口口に含み、嚥下する。
いつものように得体のしれない笑みを浮かべながら、彼女はこう言った。
「先日『私の』ライが任務で重傷を負いました。その件の報告書は御覧になりましたか?」
「えぇ、拝見致しました」
そう聖女ステラの問いに答えたのは、彼女の目の前に座る青年だ。
彼女と対極のような蒼銀の髪と紺碧の瞳、堂に入った振る舞いに整った顔立ち。
まるで御伽話に登場する王子様のような容姿をした彼の名は、ベルタ・ディ・ゼギュール。
「別にコーンウェルは、弱い訳では無い。 むしろ現状でも十分強いし、伸びしろもある。 そんな彼が一方的にあんな重傷をっていうのは、確かに信じられないですがーー論点はそこではないですよね」
ーーベルタの正体は、粛清騎士序列二位“最高の騎士”とも呼ばれる粛清騎士たちのリーダーである。
「えぇ、確かにそこも問題ではありますが、より重要なのは今回の事件を起こした転生者たちのことです」
「成る程、複数形ですかーーつまり、転生者が徒党を組んでいたと?」
「それも大規模な、ね」
そう、今回の事件を起こしたのは、最低ふたりの転生者が関与していた。
ひとりは、竜の群れに指示を出していた、霧を操る異能を持つ転生者。
もうひとりは、ライが遭遇した虹色の瞳を持つ少年転生者・竜王。
「そして、ライが遭遇したという転生者は“王”を名乗り、計画的に行動を起こし粛清騎士を誘き寄せていましたわ。もし、今回の件にいつも通りライひとりで当たっていたなら、大事な粛清騎士が欠けているところでした」
そういって嘆くように頬に手を当てため息をつく。
聖女のその姿は、絵になるような美しさを秘めていたが、ベルタは臆することなく言葉を発する。
「いつもの神託は、どうしたのですか?」
「ーー神託で分かったのは、ひとり分の反応でした。 この事がどういうことか、貴方にはわかりますか?」
「いえいえ、非才なる私めにはサッパリ」
ベルタは微笑みながらそう口にする。
その笑みに聖女は少し眉間にシワをよせ、一瞬気に障ったかのような表情を作るが、すぐにいつものような笑みを浮かべた。
「相手には、私の神託を誤魔化せるような、特殊かつ強力な異能持ちがいます。 私たちのアドバンテージがひとつ奪われた形になりますね」
「成る程、ならば今後、我々粛清騎士を狙って罠を張ってくる可能性も多くなりますね」
「ですので、主犯と思われる竜王が討伐できるまで、粛清騎士たちには2人1組での行動を徹底させようとおもいます。 そして、私の神託の信憑性が下がった今、神託に依らない情報が重要になります」
「ーー成る程、だから私に声をかけたんですね。 わかりました、より広く“根”を張りましょう」
「お願いするわ」
そこで話すことは終わったとばかりに、ベルタは紅茶を一気に飲み干して席を立つ。
「それでは、執務もありますのでこれで失礼します」
踵を返して去ろうとする彼の背に、最後に聖女がこう話しかける。
「貴方の伯父様にも、よろしく伝えておいてね」
彼女のその言葉には返事をせずに、彼は暖かな光に包まれた花園を後にした。
そんな彼の姿が完全に闇に溶けた時、聖女は誰もいない花園でひとり呟く。
「ーー虹の瞳、“到達者”。 ようやく現れたのね」
その呟きは、誰にも聞かれることなく、甘い香り漂う花園に漂っていた。




